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明治神宮―「伝統」を創った大プロジェクト [著]今泉宜子

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2013年04月14日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■造営に挑んだ無数の庶民の姿

 明治神宮造営運動は、明治天皇逝去の2日後から始まったという。渋沢栄一関係の事業年表には、「御陵墓ヲ東京ニ御治定ニナルヤウ当局ニ陳情スルコトヲ協議ス」とあり、渋沢本人と娘婿で東京市長の阪谷芳郎を中心に広がっていった。
 明治天皇を祭神とするこの神社づくりに、どのような人物が、いかなる発想で、自らの存在を賭けて挑んだかを本書は説いていく。著者はこれらの先達の中からとくに12人の像を丹念に描くのだが、はからずも「近代日本」の造園学、公園学、林学など幾つかの学問体系が整備されていくプロセスも理解できる。造営運動の終始先導役を果たした阪谷は、後年の人びとにこの神社設立に身を挺(てい)した人たちの思いが伝わるよう、あるいは恥ずかしくない造営をと檄(げき)を飛ばしたのは自らの時代の能力を刻みこもうとの意思があったからだ。
 代々木の原生林が杜(もり)になり、そこに祈りの空間をつくりあげていく使命感。本多静六、本郷高徳、上原敬二ら林学や造園の専門家たち、とくに上原は神社境内林の理想形として仁徳天皇陵に注目したこと、伊東忠太、佐野利器、折下吉延らがそれぞれ自らの専門分野を生かした神社づくり、伊東の「社殿と社殿の調和」という発想に、当時の建築系研究者の先端精神を見ることも可能だ。
 内苑計画での林学系と農学系が神殿にひざまずく人たちの心理を考えて散策空間をつくったとの見方、聖徳記念絵画館に展示する「画題選定ノ方針」では、「(明治天皇を)正面ヨリ描クヨリモ寧ロ側面」とあるが、既存の解釈に対して著者独自の見方も示されている。12人の1人、「青年団の父」といわれた田澤義鋪は、全国の青年団を動員して具体的に造園を進めたが、田澤を見る著者の筆には畏敬(いけい)の念があり、造営にかかわった無数の日本の庶民の姿がごく自然に想起されてくる。
     ◇
 新潮選書・1575円/いまいずみ・よしこ 70年生まれ。明治神宮国際神道文化研究所主任研究員。

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