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戦後『中央公論』と「風流夢譚」事件 [著]根津朝彦

[評者]田中優子(法政大学教授・近世比較文化)

[掲載]2013年04月21日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■言論の自由と暴力・自主規制

 伊藤整に『日本文壇史』という素晴らしい仕事がある。文学作品が人のつながりの中で、あるいは新聞など様々なメディアを使って成立してきた過程が見える本だ。
 本書はその評論版「日本論壇史」というべきものだ。歴史といっても戦後、とくに一九六〇年代に絞った論だが、この著者は今後、論壇通史を書けるのではないかと思う。
 対象は単行本ではなく、月刊総合誌である。本にまとめられる前の原稿が掲載される場所だ。生々しい現場である総合誌を通して、論壇の動きを丁寧に追っていて、思想家のみならずメディアとしての雑誌の戦後史と、そこにかかわった編集者たちの動きが見えてくる。
 思想史は思想の中身を問うが、それがどういう経緯や関係や時代と事件の動きの中で生まれてきたかは、あまり問題にしてこなかった。本書の題名になっている風流夢譚(むたん)事件はよく知られた事件だが、本書は事件を戦後の論壇史と思想史の中に置いた。第一章で戦後ジャーナリズムにおける論壇史全体を見渡し、次に総合誌その他のメディアのなかで、天皇制および天皇家がどう扱われていたかを論じ、その上で事件に入ってゆく。天皇制の問題を正面から論じない戦後の思想界、安保問題を背景にした右翼の動き、テレビの登場によって大衆メディアにさらされるようになった天皇家。その時代状況が見える。だからこそ、この事件が結果したメディア全体の「自主規制」が明確になる。
 著者は事件そのものを解説しているのではなく、この事件に日本の出版と言論界がどう対処したかを問題にしているのである。暴力にさらされたときの言論の自由の問題と自主規制の関係は、今に至るまで少しも進展をみせていないのではないか。
 中央公論社を事例に論はすすめられているが、個別の出版社がテーマなのではない。言論とは何か、を問うている。
     ◇
 日本経済評論社・6090円/ねづ・ともひこ 77年生まれ。国立民族学博物館外来研究員。

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