「卒業式の歴史学」書評 日本に特有の「涙」はいつから
ISBN: 9784062585491
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サイズ: 19cm/261p
卒業式の歴史学 [著]有本真紀
3月の風物詩といえば卒業式。ふと思い浮かべる曲は何だろう。〈仰げば尊し〉〈贈る言葉〉〈旅立ちの日に〉……。ハレの日にもかかわらず、そこにはうら悲しさが漂う。級友や恩師との別れに涙した人も多いだろう。
しかし、著者によると、そうした雰囲気の卒業式は「ほとんど日本に特有の学校文化」というから驚きだ。
しかも「卒業式で泣かないと冷たい人と言われそう」という斉藤由貴のヒット曲の歌詞とは裏腹に、近代的な学校制度が誕生した明治初期には、卒業式は「涙」や「別れ」とは無縁だったという。
一体いつから、なぜ、どのように卒業式はセンチメンタルな空間へと変容したのだろうか。目から鱗(うろこ)が落ちる史実を丹念に積み重ねながら、そのからくりを鮮やかに解き明かしたのが本書だ。
キーワードは「感情の共同体」。音楽(唱歌斉唱)の援用によって台本(式次第)にある「劇場作品」はより情操的深みを増し「記憶」として共有され易(やす)くなる。
しかし、そもそも何のための「共同体」なのか。それは日本社会における「学校」の位相を改めて問い直すことでもある。
しばしば懐古主義的な精神論や目前の成果主義に陥りがちな教育改革論議。まずは所与の「現実」を歴史的文脈のなかで脱構築する作業が欠かせない。本書の真の醍醐味(だいごみ)はまさにその点にある。
卒業式といえば、スティーブ・ジョブズが人生哲学を論じた演説は世界中の大学生の間で話題になった。
日本の卒業式でも「涙」や「別れ」よりも「言葉」が重んじられる日が来るのだろうか。30年後、卒業式はどうなっているのだろうか。
それは、とりもなおさず学校、そして日本社会の未来を想像し、デザインすることに他ならない。
本書をそのための貴重な契機としたい。
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講談社選書メチエ・1680円/ありもと・まき 58年生まれ。立教大教授(音楽科教育、歴史社会学)。