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安井かずみがいた時代 [著]島崎今日子

[評者]内澤旬子(文筆家・イラストレーター)

[掲載]2013年04月28日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能

表紙画像

■恐ろしいまでに愛があるだけ

 これまで仲良く遊んでいた友人が、結婚を機にガラリと変わって疎遠になる。よくあることだ。結婚前と後、どっちが本当の彼女なのだろう。
 1960年代にデビューした作詞家安井かずみ。派手なメークにサンローランのパンタロンを着こなし、外車を乗り回す。華やかな友人に囲まれ、アバンギャルドな芸術談義を交わし、海外のパーティーにまで出没する突き抜けた暮らしぶりは、女性たちの憧れの的だったという。
 それがミュージシャンの加藤和彦との結婚によって、どう変節していったのか。
 コシノジュンコ、金子國義、吉田拓郎など、友人や仕事仲間、身内ら二十数人が彼女について語る逸話のすべてに、過ぎ去った時代の風俗がちりばめられる。証言者ごとに彼女の姿は揺れ動き、陰影と厚みを増して描かれてゆく。
 華やかで奔放なキャリアの裏で、友人にもなかなか見せなかった苦しみや孤独、焦り。加藤和彦との結婚生活は、その反動からか、いつも2人一緒で、ファッションも保守的に変わる。変わらないのは、すべてにおいてゴージャスであるという一点のみ。以前の友人たちは自然と離れていく。
 彼女の変節は80年代の風潮に重なり、一流ブランドを着て高級ワインを飲むおしどり夫婦としてメディアを飾る。
 安井が望み、加藤が精いっぱい応えた結婚生活は、本当に幸せだったのか。はたまた互いに依存し、息詰まる地獄だったのか。安井が早世してすぐ再婚した加藤は、浮気をしていたのか。それとも2009年に自死するまで安井を一番愛していたのか。
 構成の妙に導かれ、インタビューを読み進めるうちに「憧れの女」へのやじ馬的好奇心は、いずれも断定されないまま、満たされてゆく。
 結婚を愛の究極形として、孤高の表現作品であるかのように作り上げた生き様に、嘘(うそ)も本当もないのだ。恐ろしいまでに、愛があるだけ。
    ◇
 集英社・1785円/しまざき・きょうこ 54年生まれ。ジャーナリスト。『この国で女であるということ』など。


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