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ろくでなしのロシア―プーチンとロシア正教 [著]中村逸郎

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2013年04月28日

[ジャンル]国際

表紙画像

■結託して神聖さを醸成する

 著者は、ロシア現代政治を専門とする研究者だが、しばしばモスクワに滞在して、この国の現実を見ている。ロシア人がつくる社会システムの非効率、独善性など、当のロシア人自身があきれ怒りだすのだが、本書のタイトルは、その折の罵(ののし)りの言葉だ。
 この語に対峙(たいじ)するのは、「聖なるロシア」であろう。著者自身、その語を求めてロシア正教とロシア社会、さらにプーチンという政治指導者の実像を確かめようと、その深部に入りこむ。見えてくる光景は何か。ロシア正教やそれを取り巻く環境にも、「ろくでなしのロシア!」が浮かびあがるが、実はこの語には「強烈な愛国心」が宿っていると気づく。プーチンという指導者がなぜ受けいれられているか、相互に利用し、利用されあう関係で肥大化していくロシア正教の存在を司祭から庶民までの証言を通して、読者に納得せしめる。
 1991年のソ連崩壊のあと、ロシア社会に空前の宗教ブームが起きる。政治への絶望と宗教への期待が表裏の関係だ。ところが新興宗教は伸びるのに、ロシア正教は伸びない。一方で、ロシア正教は教会ビジネスを際限なく拡大していく。アルコール飲料の販売で利益をあげる分、「深酒が引き金となって社会問題がより深刻化」、教会に足をはこぶ人がふえるという構図、原油ビジネス、商業銀行の開設、国民の目には「欲深い教会」と映るのも当然だ。
 プーチンとこのロシア正教の関係について、「プーチン国家主権は正教会と結託することで、神聖さを醸成する」と著者は見る。プーチンはいくぶん粗野な言葉で政治を語り、指導者が正面きって口にしない表現(自らがロシア人であるとの宣言など)をもとにロシア人の心底に入りこんでいく。結果的に、反プーチン運動がプーチン支持者をふやすという逆説が生まれる。
 著者独特の語り口が随所にあり、それも魅力である。
    ◇
 講談社・1995円/なかむら・いつろう 56年生まれ。筑波大教授(ロシア現代政治)。『虚栄の帝国ロシア』など。

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