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昨日までの世界(上・下)―文明の源流と人類の未来 [著]ジャレド・ダイアモンド [訳]倉骨彰

[評者]福岡伸一(青山学院大学教授・生物学)

[掲載]2013年04月28日

[ジャンル]人文

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■風土と環境因重視、叡智をたどり直す

 朝日新聞が、識者アンケートによるゼロ年代の書物50冊を選んだ際、1位に輝いたのが著者の『銃・病原菌・鉄』だった。その彼が満を持して書いた新刊が本書である。テーマは「昨日までの世界」の叡智(えいち)をいま一度たどり直し、現代の工業化社会に生かすことができないかを模索すること。
 「今日の世界」とは、ヨーロッパ化された世界のことである。『銃・病原菌・鉄』ではその理由が問われた。アフリカに起源を持つ人類のうち、ヨーロッパに旅立った一握りの白い人々が今日、政治、経済、文化、あらゆる面で世界を制覇している。白人が生物学的に優れていたからではない。ささいな環境要因の偶発的な差がそれを可能にした。穀物の元になる植物の自生。家畜化に適した動物。動物との接触がもたらした感染症ですら彼らを利した。しかし、成功を収めたはずの私たちの社会は今、新しい課題を抱え行き詰まっている。人間関係と経済、戦争と平和、子育て、高齢者、宗教……。
 700万年にも及ぶ人類史全体から見ると、私たちの文明は、今しがた出来たものにすぎない。それよりも「昨日までの世界」を知った方がよい。人類はこれらの問題群とずっと取り組んできた。昨日まで、とはいえそれは農耕が始まる前、1万年以前のことである。著者はニューギニア、アフリカ、南米に散在する「伝統的社会」の中に「昨日」の名残を見いだせるという。伝統的社会は、問題に対する巧みな解決策を持っている。その叡智に学ばない手はない。
 例えば今、日本で問題の体罰。ほとんどの伝統的社会ではいわゆる「体罰」は行わないという。アフリカのアカ・ピグミー族は子どもを絶対に叩(たた)かない。ニューギニアのある部族に至っては、赤ん坊がナイフを振り回しても叱ることさえしない。放任主義の中で子どもが自律的に学んでいくことに委ねる。日本のように「他人に迷惑をかけてはいけない」という規範を教育の徳目に掲げる集団もほとんど存在しない。他人のことよりまず自分の生存を優先させる。
 一方、農耕民の社会はある程度、体罰を行い、牧畜民の集団は体罰を行う傾向が強いように見受けられる。これは集団の生業形態に関係するのではないか。価値の高いものを所有する集団ほど体罰をし、教育を強化する傾向がある。
 一言でいえば、著者の立場は、発展史観ではなく生態史観を採るということ。遺伝的決定論や適応度の物語にも取り込まれない。その意味で、風土と環境因を重視した和辻哲郎や梅棹忠夫にも通じる。ドグマやイデオロギーによらない公平さ、自由さが持ち味。そのスタンスは一貫している。ダイアモンド文明論の決定版的集大成。
    ◇
 日本経済新聞出版社・各1995円/Jared Diamond 37年、米国生まれ。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)地理学教授。『銃・病原菌・鉄』でピュリツァー賞受賞。

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