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江戸絵画の非常識―近世絵画の定説をくつがえす [著]安村敏信

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2013年05月12日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能

表紙画像

■「風神雷神」本当に宗達晩年の作?

 一例をあげる。「風神雷神図屏風(びょうぶ)」(建仁寺)の作者といえば誰もが疑うこともなく俵屋宗達に決まっていると言う。これは常識である。本書はこんな常識に対して異議申し立てをする非常識な研究者がいてもちっとも不思議ではないだろうという論者たちの意見を、美術史家の著者が交通整理しながらその理非を裁量していく手腕が実に鮮やかでスリリングである。
 例えば「風神雷神図屏風」は宗達の晩年の作であるというのが定説であるが、この作品には署名も落款もない。証拠がなければ常識の基盤が揺らぐ。本書の目的は常識の仮面を剥がすことで非常識を歴史の文脈に、新たな顔として位置づけられないかという挑戦である。
 一方〈それがどうした〉、真筆であろうがなかろうが、〈いいものはいい〉ではダメなのかという疑問が起こるかもしれないが、美術史はそう甘くあっちゃいけない。真偽の判定には直感型と状況証拠型があるが、最後はデュシャンの言うように鑑賞者にゆだねることになる場合もあろうか。
 さて、建仁寺の「風神雷神図屏風」をフェノロサが「伝宗達筆」として報告するまでは、「風神雷神図屏風」といえば尾形光琳、というのが常識だった。光琳が宗達の「真髄(しんずい)に接する手段としての模写」をしたという研究家に対して、光琳はそのような近代の芸術家肌ではなく、むしろ金銭目的の職人であったと著者。このように回転式ドアのように常識がくるっと非常識に一変する時、歴史が眼(め)を覚ます。
 著者は江戸の常識13の事柄を挙げながら、多岐にわたる考証を展開し、検討を重ね、次々と常識の本当を採掘しながらくつがえしていくが、同時に自ら学芸員としても制度化された美術館の常識に疑問を呈し、「美術史学の常識を問い直す」ことを訴える。そして実はこのことが「本書の執筆の主目的であった」と言っている。
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 敬文舎・2940円/やすむら・としのぶ 53年生まれ。板橋区立美術館前館長。江戸狩野派の研究者。

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