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ジェンダーと「自由」―理論、リベラリズム、クィア [編著]三浦玲一、早坂静

[評者]水無田気流(詩人・社会学者)

[掲載]2013年05月12日

[ジャンル]社会

表紙画像

■かくも複雑な性と自由の現在

 このところフェミニズムは不人気である。それは皮肉にも、男女平等意識がある程度浸透したことにもよる。一方、当の女性たちはすでに「自由」を掌中にしたのだろうか。この素朴な問いへの解答は、困難かつ見えづらい。最大の要因は、近年自由の難易度が急上昇したことによる。
 私たちは、自由をめぐる文化的内戦時代を生きているのだ。それは、性差別を他のマイノリティーへの配慮とともに相対化し、希釈していく。政治的自由を求めた第一波や、社会運動の側面を持ち得た第二波に比べ、第三波以降のフェミニズムは、領域も「敵」もあまりに不透明。鍵は自由と多様性にある。
 とりわけ興味深かったのは、編著者・三浦玲一のポストフェミニズムへの目配りである。もはやあえて問われることもなくなるほど浸透した新自由主義だが、それゆえ現在個人、とりわけ女性は、苛烈(かれつ)なまでに自由の名のもとに自己管理を要請されている。この社会はすでに男女平等が達成されたとの前提に立ち、個人主義的に自己を自由に表現・定義することを女性に求める。そこではライフスタイルや消費の自由な選択が称揚され、女性個人による身体の自己管理と、「私探し」が流行していく。かつて性差は抑圧の装置であったが、現在は女性自身の欲望を発露するツールとされ、巧妙に女性を絡め取る。三浦はAKBやプリキュアまで駆使し、この現代的様相を鮮やかに説明している。
 第三部クィア・スタディーズに寄せられた論考も興味深い。かつて同性愛者排除は、近代家族を単位とする近代社会の成立に不可欠の要素であった。だが昨今はセクシュアル・アイデンティティーの多様性が論じられ、新たな消費市場概念としても再定義されつつある。だがこの拡散とゆらぎは、果たして差別解消に寄与するのか。再考すべき問いかけに満ちた、刺激的な論集である。
    ◇
 彩流社・2940円/みうら・れいいち 一橋大学教授/はやさか・しずか 一橋大学准教授。

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