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古川日出男「南無ロックンロール二十一部経」書評 時の断層をつなぐ、巨大で真摯な物語

評者: 佐々木敦 / 朝⽇新聞掲載:2013年06月16日
南無ロックンロール二十一部経 著者:古川 日出男 出版社:河出書房新社 ジャンル:小説・文学

ISBN: 9784309021874
発売⽇:
サイズ: 20cm/573p

南無ロックンロール二十一部経 [著]古川日出男

 あの「二〇一一年三月十一日」によって、福島出身の古川日出男は、小説家としての根本的な転生を強いられることになった。それは無論自ら望んでのことではない。意識的な選択でさえなかったかもしれない。だが、その後に書かれた『馬たちよ、それでも光は無垢(むく)で』や『ドッグマザー』、現在も継続中の朗読と音楽による「銀河鉄道の夜」のプロジェクトには、彼の不可逆的な変貌(へんぼう)が刻印されている。では古川は、それ以前とはまったく違う作家になったのか。そうではない。彼は確かに変わった。だが変わらない、変わりようのないものもある。本作は、そのことをまざまざと教えてくれる。
 巨大で複雑な小説である。三つのパートから成る「書」が七つ積み重ねられる。だから「二十一」。「私」が、病室で昏々(こんこん)と眠り続ける「彼女」を見舞う「コーマW」。牛頭馬頭(ごずめず)の怪物に占拠された、いつとも知れぬ荒廃した「東京」を舞台に、「お前」と呼ばれる存在が、獣たちから人間へと7度生まれ変わる「浄土前夜」。そして六つの大陸と一つの亜大陸で「ロックンロールの物語」が壮大に奏でられる「二十世紀」。一見バラバラにも思える三つのパートが、読み進むうちに有機的に絡み合ってゆき、読者は思いも寄らない場所へと連れてゆかれることになる。それは、わたしたちの、そして古川日出男の現在である「二十一世紀」よりも以前、あの「三月十一日」でも「九月十一日」でもない、「二十世紀」の終わりの忌まわしく痛ましい出来事、それが起こった、起こってしまった場所である。
 ひどく曖昧(あいまい)な書き方をお許しいただきたい。この複雑で巨大な小説が、荒唐無稽な想像力の限りを尽くして、最終的に「何」を描こうとした作品なのか、ここではっきりと述べるわけにはいかない。それは読んでもらうしかない。ただ、最後のページに至った時、私はほとんど茫然(ぼうぜん)としていた。かつてこのような規格外の方法で、あの事件に取り組んでみせた小説があっただろうか。感嘆するとともに、なぜ古川日出男が、彼の郷里である「東北」を主題とする2008年発表の傑作『聖家族』に匹敵するヴォリュームで、この小説を書いたのか、いや、書かねばならなかったのか、考えざるを得なかった。
 それはおそらく「二十一」と「二十」の間に横たわる深い断層を、あらためて縫合する、ということだったのではないか。すなわち「二〇一一年三月十一日」以後の現在から「一九××年」の「あの日」を捉え返すこと……災厄は、悲劇は、時間を、以前と以後に分割する。だが実のところ時間は連続している。この巨大で複雑で大胆で真摯(しんし)な「ロックンロールの物語」は、そのことを教えてくれる。
    ◇
 河出書房新社・2520円/ふるかわ・ひでお 1966年生まれ。作家。『アラビアの夜の種族』で日本推理作家協会賞。『LOVE』で三島由紀夫賞。主な著書に『ボディ・アンド・ソウル』『gift』『ベルカ、吠(ほ)えないのか?』など。