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海を渡った人類の遥かな歴史―名もなき古代の海洋民はいかに航海したのか [著]ブライアン・フェイガン

[評者]角幡唯介(ノンフィクション作家・探検家)

[掲載]2013年06月23日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■冒険性を否定する、人と海との親密さ

 人間の住む世界から遠く離れた北極の氷の中や太平洋に浮かぶ孤島を訪ねた時、いつも考えることがあった。はるか昔、何千、何万年という昔に、海図も六分儀もないのに、ここまで来た人たちがいたのだ。水平線のはるか向こうを目指した古代の人たちの胸の内に思いをはせた時、私はいつも心が震えるような思いがした。
 陸地を離れて海へ出る。人類がアフリカを出て世界へ拡散していく歴史の中で、それは確かに最も想像力を刺激する一歩だった。本書はそのことについて書かれた本だ。歴史の教科書に太字で記される華々しい海戦や探検家の航海について触れたものではない。天体を見て遠洋に漕(こ)ぎ出したポリネシア人や、大三角帆を操り材木を運んだインド洋の商人、皮舟で巨獣を仕留めた北極圏の先住民の物語である。船上の会話、胸の鼓動、そして町のざわめき。それらが聞こえてくるような物語なのだ。
 ある意味、本書により私のロマンチックな幻想は覆された。私が感動したのは古代人が危険を承知で、それでも海に一歩踏み出したのだと考えたからだ。ところが著者は膨大な考古学的成果と、8歳の時から帆を操ってきた船乗りとしての経験から、彼らの航海の、その冒険性を否定する。彼らが水平線の先に向かったのは好奇心やロマンからではないという。
 冒険性の否定。実は著者が最も訴えたかったのはそのことだ。天体の位置、潮のうねり、鳥の動き、島に伝わる伝承。総合的な知を蓄積し海を体験的に解読することで、古代人はいつでもどこからでも帰れるという自信を持って外洋に漕ぎ出した。つまり外洋航海は日常的な沿岸航海の延長線上にあり、未知への旅立ちが冒険でなくなるほど彼らは海と親密な関係を築いていたというのである。
 数万年かけて築き上げてきた、この人と海との関係は、つい先頃まで保たれてきた。少なくとも1世紀前、考えようによっては十数年前まで。しかし……。
 著者がこの本を書きあげた動機はエピローグにたっぷりと書かれている。あるいは、それこそ彼が最も書きたかったものなのかもしれないと思えるほど、強い筆致で。端的に言うと、それはGPSに象徴される現代機器に知を外部化させて、何の省察もないまま自然との深い関係を放棄した現代に対する深い憂慮の念だ。
 「海は再び人間から遠い存在になった」と著者は書く。それは嘆きのようにも聞こえるし、人類は今まさに有史以来の転換点に立っているのだという警鐘のようにも聞こえる。そしてその結語は、同じ思いからGPSを使わずに北極を旅している私にとって賛同せざるを得ないものだった。
    ◇
 東郷えりか訳、河出書房新社・3045円/Brian Fagan イギリス生まれ、カリフォルニア大学サンタ・バーバラ校の人類学名誉教授。『歴史を変えた気候大変動』『アメリカの起源』など。

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