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脊梁山脈 [著]須藤靖 乙川優三郎

[評者]角幡唯介(ノンフィクション作家・探検家)

[掲載]2013年06月30日

[ジャンル]歴史 文芸

表紙画像

■国や民族揺さぶる木地師の系譜

 日本の山中にはかつて木地師という集団がいた。轆轤(ろくろ)を回して木でお椀(わん)やこけしを作り、良材を求めて山中を漂泊していた人たちだ。
 第2次大戦後に中国から復員する主人公がその木地師の男と出会うことから物語は始まる。人を殺すのが嫌になった、これからは山に籠(こも)る。男の言葉に強い印象を受けた主人公は、彼が山に籠る理由を知りたくて、自らも信州の山村に分け入り木地師の系譜を調べだす。
 冒頭からしばらくは山と日本人の関係を描く小説なのだと思って読み進めた。ところがやはりその見通しは甘かったらしい。主人公は調査の過程で木地師の成り立ちに朝鮮半島から渡来した秦氏が関わっていたことを確信するのだが、そのあたりから物語は急に混沌(こんとん)としはじめる。さらにその秦氏と日本の古代王朝との深い繋(つな)がりから、話は古代史最大の事件ともいわれる大化の改新の秘密に突き進む。天皇家の政治的基盤が確立したあのクーデターには大いなる歴史の欺瞞(ぎまん)が隠されていたというのである。
 着地点が見えないまま物語は進行する。その過程で読者はこれまで抱いていた国とか民族に対する理解が揺さぶられることに気づくだろう。木地師が暮らした山の文化と天皇家に象徴される歴史により、日本人の精神性は育まれてきた。それなのにその双方で渡来系の血が濃く関わっていたとしたら、我々日本人とは一体何なのか、よく分からなくなってくるのだ。
 それでも私たちの内側には日本人としての原形質が形作られている。木地師の生き様を求めて山中を彷徨(ほうこう)する主人公の旅は、作られたストーリーのさらに向こうで皆が共有している根源的な何かを探り当てる試みのように見える。おそらくそこにこそ私たちの内部を芯から貫くこの国のぶっとい脊梁(せきりょう)があるのだろう。読み終わった時にそれが少しだけ見えてくるのである。
    ◇
 新潮社・1785円/おとかわ・ゆうざぶろう 53年生まれ。作家。「生きる」で直木賞。

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