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スカル・ブレーカ [著]森博嗣

[評者]水無田気流(詩人・社会学者)

[掲載]2013年06月30日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■時代小説の形借りた言語ゲーム

 強さとは何か。この主題には古今多くの作品が取り組んできた。ましてや剣豪の若者が主役の時代小説とあれば、一般的には自己鍛錬を通した成長物語となるのが必定。だが、本作の眼目はそこにない。本作は、「ヴォイド・シェイパ」シリーズ第三作目。タイトルも英語で、人物名もすべてカタカナで綴(つづ)られる。主人公・ゼンは、師匠・カシュウが亡くなったのを機に、幼少から暮らした山を下りる。まるで一から主人公を育てるロールプレーイングゲームのようだ。
 ゼンは、自分の正式な名前も年齢も知らない。本名は初巻で禅之助と分かるが、あまり気にかけていない。そもそも、名と実を取り結ぶことに興味のない主人公なのだ。それゆえ、人名もただ音として反響するのみ。だが読み進むうち、読者には次第にゼン独自の研ぎ澄まされた言語感覚が明らかになってくる。他人と交わる中、ついに本巻でゼンは言語が社会秩序を構築していることに気づく。だが、同時に思う。「剣には言葉はない」と。それゆえゼンは、空無(ヴォイド)にして強靭(きょうじん)なのだ。
 さて、一般に時代小説の豊潤さは、その虚偽性が濃密であるほど現実味を増す。いわば、想像/創造された過去の言語体系が、リアリティーを増幅するジャンルともいえる。だが、その増幅装置をすべて取り除いたら世界はどのように見えてくるのか。本作は、時代小説の体裁を借りた言語ゲームのようでもある。
 また、本作は典型的な貴種流離譚(たん)であり、ゼンの出生の秘密が物語の中軸をなすが、当人はそれを知ってなおその価値に興味を示さない。なるほど、あらゆる「隠されたもの」の価値は、他者による解明への欲望によって高められるが、ゼンはそれと相容(あいい)れない求道者だ。ミステリーという秘匿性の王国を描いてきた筆者が、ついに秘匿性そのものへの問いに行きついたということか。この異色で美しい言語世界を堪能されたい。
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 中央公論新社・1890円/もり・ひろし 57年生まれ。作家。著書『すべてがFになる』『スカイ・クロラ』など。

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