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トロツキー(上・下) [著]ロバート・サーヴィス

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2013年07月14日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■革命と共に変貌、複雑な性格描く

 トロツキーを20世紀の革命史にどのように位置づけるか、本書はそれを試みた書だが、著者はイギリスのロシア史専攻の歴史学者。これまでに『レーニン』『スターリン』を著し、本書で3部作が完成することになる。
 著者は、まず序文で「ロシア外の人物でトロツキー主義者以外の手による初の完全なトロツキー伝」と自賛する。読後、なるほどとうなずける半面、トロツキーの思想やその運動の結末が充分(じゅうぶん)に分析されているとはいい難い。ただしトロツキーの60年の生涯は丹念に描写されている。記述も日本人好みの編年体で追いかけるのでかなりわかりやすい。これまでの類書の如(ごと)く、スターリンとの対比やその葛藤は本書の軸にもなるし、革命路線への姿勢などは、著者の思い入れもあって際だって明確な分析になっている。
 トロツキーは、レーニンに対して自らを同一化することにより革命の正統性を強調し続けるのだが、確かに1917年の2月革命から10月革命にかけてトロツキーがいなければ革命国家の創設はなかったであろう。同時にトロツキーもまた赤色テロを全面的に支持し、血に彩られた革命そのものを肯定する側にいる。著者も指摘するのだが、10月革命のあと、ボリシェビキは、1789年のフランス革命後の革命狂乱の後に登場したナポレオンのような存在に、トロツキーがなりうると見ていた、とも書く。この指摘にはより深い吟味が必要であろう。
 ウクライナ南部の富農の家に生まれ、高等教育を受けるプロセスでの成績の良さとやがてマルクスの著書にふれて革命家となるその道筋で、トロツキーの性格がどうつくられ、その才能がどう生かされたか、著者の関心はこの複雑な性格(出身階層やユダヤ人であることを隠したがる)にあるのだが、革命と出会ううちに変貌(へんぼう)する様を緻密(ちみつ)に描写している。この期の知識人の心理をつき放して書いている点に、トロツキーに関心のある人は批判を持つのかもしれない。
 20世紀の革命家の原像をトロツキーに求める人たちは今なお少なくないという。トロツキーは、スターリンを「日和見主義者、無節操な策士、最高主権者として権力を最大化して、『官僚主義』の利益のために表に出ているにすぎない指導者」と、批判する。逆にスターリンは1935年には「トロツキーの死を望んでいたことは、ほぼ確実」と著者は見ている。
 しかし、トロツキーとスターリンはより近似的な像を持っていたと著者は結論づける。人道的社会主義を主張したふたりはその実現など考えていなかった。そこに尊称でも蔑称でもなく語る次代の視点があるのだろう。
    ◇
 山形浩生・守岡桜訳、白水社・各4200円/Robert Service 英オックスフォード大学セント・アントニーズ・カレッジ教授。ロシア史専攻。著書に『ロシア革命1900−1927』『情報戦のロシア革命』『レーニン』『スターリン』など。

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