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素顔の新美南吉―避けられない死を前に [著]斎藤卓志

[評者]出久根達郎(作家)

[掲載]2013年07月14日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■聞き書きで創作の実態明らかに

 「里にいでて手袋買ひし子狐(こぎつね)の童話のあはれ雪降るゆふべ」。美智子皇后の御歌(みうた)である。新美南吉の童話「手ぶくろを買いに」を詠まれている。
 今年は新美の生誕百年、そして没後七十年である。すなわち、たった三十年の短い生涯であった。「ごんぎつね」や「おじいさんのランプ」「牛をつないだ椿(つばき)の木」など、子どもから大人まで幅広く愛読される作家だが、その実像は意外に知られていない。短命であったためと、劇的な生涯でなかったのが理由だろうか。面白いエピソードに欠ける。ということは、まじめな人物であったのである。
 こういう人の伝記をまとめるには、特別な視点と、些細(ささい)な事柄を興ずる心が無くてはいけない。本書の著者は、文学畑の人ではない。民俗学者である(『刺青墨譜』や『稲作灌漑(かんがい)の伝承』等の著がある)。
 既成の概念に捉われず、民俗採集の技法の聞き書きを用いて、新美の創作の実態を明らかにした。
 二十四歳の新美が、愛知県安城高等女学校の教諭になる。以後の年月が、童話作家を形成する重要な日々と筆を費やす。本書の大半が教師時代である。これが成功した。
 新美は新任して、一年生を受け持つ、翌年は二年生を、次の年は三年生、そしてまたあくる年は四年生を担任した。つまり、教師として初めて接した生徒たちと、四年間を共にして、無事卒業させ、翌年、病気のため亡くなったのである。生徒らに、新美先生はどう映ったか。
 本書の最も感動的なエピソードは最後にある。『校定新美南吉全集』に収録されていない詩を紹介している。原稿もメモも残っていない幻の作品だ。新美の教え子たちが、黒板に記した詩を、うろ覚えに覚えていた。皆で記憶にある語句を思いだし、復原したのである。「ちちはは老いたまふ」と始まる詩だ。彼女らはまた焼かれようとした師の日記を、大切に保管していた。
    ◇
 風媒社・2310円/さいとう・たくし 48年生まれ。愛知県安城市の元学芸員。著書『刺青 TATTOO』など。

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