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蘇生した魂をのせて/石牟礼道子―魂の言葉、いのちの海 [著]石牟礼道子

[評者]いとうせいこう(作家・クリエーター)

[掲載]2013年07月14日

[ジャンル]人文 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■「公」とは何か、水俣から学ぶ

 藤原書店から出ている全集も大詰めを迎えつつある石牟礼道子。行動をともなったその思索、そして言葉に関する本が幾つか出てきている。
 『蘇生した魂をのせて』は講演や対談をまとめたもの。そして『魂の言葉、いのちの海』は様々な書き手による石牟礼道子論と、全集未収録エッセーが掲載された本である。
 御存知(ごぞんじ)のように石牟礼は故郷熊本で水俣病患者に寄り添い、『苦海浄土』という貴重な記録文学を成した。そこには何よりも方言が踊り、震え、出来事に耐えている。
 体の中に水銀を貯(た)めざるを得なかった患者の苦しみはいまだ終わっておらず、そもそも近代化にともなう技術の一方的な“進歩”が、世界をどう不均衡にしてしまうかは、私たちの抱える原発事故問題に一直線につながっている。
 公害とはなんであるか。一体その「公」とは何か。本当にそれは公であるか。日本という国のために毒を排出し、誰かがそれを受け入れる、ということがあってよいのか。
 原発事故は公害である。その簡潔な視点に立てば、過去の公害をめぐる論議は私たちの礎になる。それを後退させてはならない、答えに窮して黙り込んではならない、と石牟礼の言葉を前に思う。
 特に何度も繰り返して考えたいのは、抗議運動を続けて来た患者たちの「自分たちの絶対的な加害者のために祈る」(『蘇生した魂をのせて』)という到達点だ。それはどれほどの苦難からしぼり出された深く重い言葉だろうか。
 また、『魂の言葉、いのちの海』で池澤夏樹は言っている。「水俣病の苦痛というのは世界中の人間にとって大事な財産なんですね」(2010年4月)。そして今、世界どころか、まさに日本の私たち自身が水俣から学び直さねばならない。
 学ばなければ、公害はとどめようもなく続く。「公」とはつまり、私たちを含む「絶対的な加害者」ではないか。
    ◇
 『蘇生した〜』河出書房新社・1890円▽『魂の言葉〜』KAWADE道の手帖・1680円

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