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欲望の美術史 [著]宮下規久朗

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2013年07月14日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能 新書

表紙画像

■「食欲」から「死」までの美の小径

 画家が主題の選択に迷い、その拠(よ)りどころを一体どこに求めるべきかと心を煩悶(はんもん)させる経験は誰にもある。そんな時、本書があれば難なく画家は寸善尺魔の地獄から這(は)い上がれたのに。
 そーなんだ、「あらゆる人間の営みは欲望によって成り立っている」、そんな自明の理がわかれば、自らの欲望を描くことで簡単に問題解決じゃないか。
 画家の欲望がそのまま主題になることに、この時初めて画家は気づかされるのである。著者は美術史の深い森に分け入り、多様な主題と様式の中から美の欲望を二十八のお話にシステム化し、読者を欲望の小径に案内しながら、まるで寓話(ぐうわ)でも聞かされているような気分にさせ、気がついたら「欲望の美術史」が私たちの中に位置づけられているのだった。
 さて、全二十八話の中で私が特に関心を抱いたのは、「『私』に向き合う」と題する自画像の項だった。私も時に自画像を描いてきたけれど、自画像ほど自己の欲望と真正面から向き合う対象はほかにないのである。この不可知な謎の対象は内なる他者であると同時に逃れることのできない自己でもある。人間の五欲を仏教は戒めるが美の追求は五欲の吐露によって解脱に至るか? 果たして……。
 触ることはできるが自らが見ることのできない自己を如何(いか)に表現するか。フィレンツェのウフィツィ美術館に自画像が所蔵されることになった際、私は触覚と視覚を両立させた彩色デスマスク(ライブマスク?)を画面に張りつけ、自画像に対する解答とした。
 次の興味は、第二十八話の「よき死への願い」だった。私にとって死への欲望は生への欲望を手放すことである。天国も来世も求めない欲望。本書は生への欲望「食欲」から始まって生の欲望を手放す「死への願い」で終わる。本書は全体が欲望の連歌になっているように思えた。
    ◇
 光文社新書・966円/みやした・きくろう 63年生まれ。美術史家、神戸大学准教授。『カラヴァッジョへの旅』。

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