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「大菩薩峠」を都新聞で読む [著]伊東祐吏

[評者]出久根達郎(作家)

[掲載]2013年07月21日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■大長編の謎に迫り、問題提起

 『大菩薩峠(だいぼさつとうげ)』という長篇(ちょうへん)小説をご存じだろうか。文庫で全二十巻もある。大衆小説の古典と呼ばれている。作者は、中里介山(かいざん)である。芥川龍之介や谷崎潤一郎が名作と称(たた)えた。
 評者は第一巻の半分も読まずにバンザイした。文体に馴染(なじ)めなかったのが理由である。それと主人公の剣術使いが、行きずりの老巡礼を斬る。人を斬るよりほかに楽しみがない、生き甲斐(がい)もない、とうそぶく剣客に、感情移入ができなかった。何より、はっきり言って、物語が面白くない。『大菩薩峠』を論じる本は、次から次に現れる。皆さん、よくお読みになられるなあ、と感心しきりだった。しかし途中で読むのをやめる人は、評者だけではないことを知った。世評高い著作がどうして自分に合わないのか。そのように考える人はいても、なぜなのか調べてみる人は珍しいだろう。この著者はまことに奇特なかたである。文学に詳しくなく(ご本人が言う)、普通の読者のお一人である。第一巻を読みだしたが、話の内容がよくわからない。難解なのでなく、描写や展開がぶっきらぼうすぎるのだ。場面が断片的で、ストーリーの運びが雑なのである。どこが傑作なのか。
 困惑した著者は『大菩薩峠』の初出紙に当たってみる。百年前の大正二年から十年まで都新聞(現・東京新聞)に連載された(前半の一部)。作者の介山は同社の記者であった。当時の時代背景や空気を感じつつ発表紙を読めば、読後感もまた違うだろうと考えた。
 すると思いがけない発見をした。現在私たちが読んでいる『大菩薩峠』は、新聞連載時の三分の二に縮められたダイジェストであったのだ。
 なぜこのようなことが行われたのか。作者の意図は何か。
 本書の著者はいくつかの考察を示す。そして書き換えられた部分の詳細な一覧表を作った。この表は労作であり、今後の研究者に有益である。本書を問題提起の書と推す。
    ◇
 論創社・2625円/いとう・ゆうじ 74年生まれ。専門は日本思想史。著書『戦後論』。

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