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パウリーナの思い出に [著]アドルフォ・ビオイカサーレス

[評者]佐々木敦(批評家・早稲田大学教授)

[掲載]2013年07月28日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■謎と愛が絡み合う、これぞ短編

 ボルヘスの友人にして共作者、そしてあの究極の幻想恋愛小説『モレルの発明』の作者でもあるアドルフォ・ビオイカサーレスの、本邦初となる短編集である。博覧強記のボルヘスとは違って、ビオイカサーレス個人の作品は予備知識抜きに読めるものが多い。だが滑らかな語りに乗せられて軽快にページを繰っていくと、思わぬところで足をすくわれることになる。そう、彼もまたボルヘス同様、言葉の超絶技巧の使い手なのだ。
 ベスト・オブ・ビオイカサーレスと呼ぶべき作品集である。「ぼくはずっとパウリーナを愛していた。人生の最初の記憶のひとつも、彼女との思い出だ」と書き出される表題作は、幼馴染(なじみ)との恋愛がライバルの出現によって望まざる終わりを迎える顛末(てんまつ)を淡々と物語りながらも、いつしか記述はゴシック・ホラーのごとき妖しい雰囲気を纏(まと)ってゆき、あっと驚く結末を迎える。思わず舌を巻く上手さ、巧(うま)さ、そして美味(うま)さ。短編小説の見本のような傑作である。
 「愛のからくり」では、冬のアンデス山脈のホテルに集った、いずれ劣らぬ奇矯な人々の間に起こる神秘的な事件が、事件に傍観者的にかかわった「私」の回想として描かれる。「墓穴掘り」は、若い夫婦がふとした事から殺人を犯し、急激に人生を踏み外してゆく経緯を、切り詰められた文体で一直線に綴(つづ)ったサスペンスフルな佳品。そのままハリウッド映画になっても良さそうである。「大空の陰謀」や「雪の偽証」では、ラテンアメリカ文学ならではの凝りに凝った仕掛けを存分に堪能出来る。特に前者はいわゆる「並行世界」を半世紀以上も前に提示していた複雑精緻(せいち)な秀作であり、その現代性には驚くばかりだ。
 「謎」と「愛」が、ビオイカサーレスの2大テーマである。この二つの要素が出会い、絡み合うとき、意外性とロマンに満ちた、奇跡のような小説が生まれる。
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 高岡麻衣・野村竜仁訳、国書刊行会・2520円/Adolfo Bioy Casares 14年生まれ。アルゼンチンの作家。

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