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身体を躾ける政治―中国国民党の新生活運動 [著]深町英夫

[評者]内澤旬子(文筆家・イラストレーター)

[掲載]2013年08月04日

[ジャンル]政治 国際

表紙画像

■蒋介石の「指導」は定着したか

 公共のマナーを守らない者や不潔な者に対して、私たちは不寛容だ。きちんと守られれば、たしかに居心地は良くなるが、絶対的に正しいと言えるのか、マナーに対して緩い国を旅するたびに不快に感じつつも、考えてしまう。
 本書は列をなさずに殺到する国民性を自他共に認める中国が、1934年から中国国民党政権下で試みた新生活運動を紹介している。
 蒋介石が発布した「新生活須知」では、所構わず痰(たん)を吐くな、ぶつかったら謝る。切符を買うときは一人ずつ順番に。水は沸かして飲む。服のボタンは留めるなど、日常生活における身体の始末を95か条にわたって実に具体的に規定する。約束の時間は守れなんて、わざわざ国家から言われることかと、首を傾(かし)げたくなる。当時からそんなことより経済発展が先、という批判はあったようだ。
 それでも蒋介石は、まず国民の身体を躾けることにこだわる。留学したときに、日本人が質素に暮らし、冷水で顔を洗い、冷飯を食べるのを見て、徴兵後すぐに兵士として使えると合点したからだ。
 国民即兵士化だけではない。身辺を清潔に保てば、乳幼児の死亡率も下がり、人口は増加する。勤勉かつ健康な兵士と労働者の育成、これこそが近代的国民国家に求められるものだからである。
 蒋介石の本意はきわめて監視、統制的で、窮屈な気分に陥ってもおかしくないのに、なぜか微笑(ほほえ)ましく読めてしまうのは、現代の中国人に、この15年にわたる運動の成果が、あまり定着していないからだろう。当時のアメリカ人や日本人の視点も面白い。
 西洋人が作り、明治期以降日本人が懸命に遵守(じゅんしゅ)した「身体の近代化」。それを迂回(うかい)しながらも国家を大きく発展させた中国。食のグローバル化や伝播(でんぱ)力の強い感染症の登場で、今後この齟齬(そご)の行方は、ますます目が離せないものとなることは間違いないだろう。
    ◇
 岩波書店・3990円/ふかまち・ひでお 66年生まれ。中央大学教授。『近代中国における政党・社会・国家』など。

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