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「少女小説」の生成―ジェンダー・ポリティクスの世紀 [著] 久米依子

[評者]水無田気流(詩人・社会学者)

[掲載]2013年08月11日

[ジャンル]社会 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■規範と逸脱の麗しき輪舞

 近代日本の「少女小説」。このジャンルの独自性は、日本の近代化と文化表象の特異性を裏書きしている。少女小説が登場したのは、明治30年代のこと。その系譜は近年のコバルト文庫に至るまで、百年にもわたる歴史をもつ。だがその内容や領域に一貫性はなく、ときに相反する特性をも包摂する。これは、いわゆる欧米の「家庭小説」などとも一線を画すと筆者は指摘する。
 明治後期、いわゆる少女向け読みものとしての少女小説が誕生。だが同時期書かれた田山花袋「少女病」等、青年と若い娘の恋愛小説もまた、少女小説と呼ばれていた。無垢(むく)なる性愛対象という「少女」は、後発近代化国・日本の成人男性にとって、抑圧された自らの自然を回復するための救世主でもあった。このあり方は、その後次第に教育的配慮とは齟齬(そご)をきたす。
 近代教育における少女への要請もまた、二転三転を繰り返した。学制公布当初は、欧化思想のもと男女平等志向が伸展するかに見えたが、その後儒教的倫理観の揺り戻しが起こる。教育勅語発布や日清戦争勃発等の社会情勢は富国強兵路線強化へと結びつき、結果的に少年から少女を隔絶し、その価値を低減させるに至った。高等女学校令の公布により「良妻賢母」教育が浸透し、少女性は家の娘規範と同一視されていった。その過程で少女小説から異性愛的要素は排除され、日本独自の耽美(たんび)的な友愛、つまりシスターフッドの世界観が形成された。それは恋愛代替物としてのモチーフから、次第に吉屋信子のごとき独自の美学様式を獲得していった。
 なるほど少女小説の百年とは、ジェンダー規範強化と、その美的な逸脱の相克史でもあったのだ。それは宝塚や昨今の「男の娘(こ)」と呼ばれる女装美少年等、異性装の美学へも受け継がれていく。規範と逸脱、周縁性と大衆性の交錯する麗しき輪舞を堪能されたい。
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 青弓社・3150円/くめ・よりこ 目白大学教員(日本近代文学・日本児童文学)。共著『天空のミステリー』など。

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