「ミシンと日本の近代」書評 小さなモノに光、大きな歴史照射
ISBN: 9784622077701
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サイズ: 20cm/348,63p
ミシンと日本の近代―消費者の創出 [著]アンドルー・ゴードン [訳]大島かおり
米国の「知日派」というと、最近は外交・安全保障の専門家のみ注目されがちだが、著者は歴史研究における筆頭的存在だ。
ある日、彼は、ふと1950年代の日本の既婚女性が毎日2時間以上も裁縫に費やしていた事実を知り驚愕(きょうがく)する。それが今回の知的探究の出発点となった。
ふつうの日本家庭に入った最初のミシンはジョン万次郎が母親へ贈ったもの。シューイングマシネ(縫道具)がマシネと略され、さらに2音節に縮まって「ミシン」となった。
その出現は〈洋裁〉と〈和裁〉という新語を生み、キモノを〈洋服〉に対する〈和服〉とし、〈日本〉と〈西洋〉が対峙(たいじ)する独特の世界観を固着化した。
とりわけ「世界初の成功した多国籍企業」と称される米シンガー社の家庭用ミシンは10年代までに日本でも無敵の存在となった。それはまた「セールスマン」という近代的職業、女の「自活」という発想、消費者(割賦)信用という制度の拡張を意味した。
しかし、同社がその「グローバル」な販売システムを頑(かたく)なに固守するなか、32年には日本の従業員が「ヤンキー資本主義」に抗(あらが)うべく大規模な労働争議を起こす。同社を去った従業員は国内メーカーへと移り、逆に海外の現地システムへの適応を徹底することで、戦後、米国市場を席巻した。
興味深いのは、戦時中にあっても(旧約聖書の句をもじった)「踏めよ 殖やせよ ミシンで貯金」といった広告が数多く出回っていた点だ。近代的生活への渇望は戦火に絶えることはなかった。
それゆえ戦後、高度成長期に「専業主婦」という言葉が一般化する頃には「洋装店」が激増し、「洋裁学校」は花嫁修業所としても大繁盛した。当時、欧米に比べて日本の既製服の割合は半分以下だったというから凄(すご)い。
ミシンは「営利のためであれ家族のためであれ、生存のためであれ余暇のためであれ」という多様な意図を有する使用者を「大衆中流階級」へと統合していった。ミシンが労働者の窮乏や分断を促すと『資本論』で警告したマルクスの懸念は日本には該当しなかったと著者は説く。
膨大な一次資料の収集と精査。安易な日本特殊論を忌避する比較史的視座。歴史を美化も卑下もしないバランス感覚。プロの学者としてのプライドを感じる。
ミシン裁縫に励む女性と戦後の政党イデオロギーとの関係など、さらに知りたい点もある。
しかし、小さなモノに光を当てて歴史の大きなうねりを照射するという、魅力的ながらも、実はかなり困難な研究手法の見事な成功例であることは間違いない。
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みすず書房・3570円/Andrew Gordon 52年生まれ。ハーバード大教授(日本近現代史)。著書に『日本労使関係史 1853―2010』『日本の200年』など。東日本大震災のネット情報を保存する「2011東日本大震災デジタルアーカイブ」に参加。