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戦艦ポチョムキンの生涯―1900-1925 [著]寺畔彦

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2013年08月18日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■数奇な運命辿った戦艦の素顔

 最終頁(ページ)を閉じたあとに、なるほどこういう視点のこんな記述の書があるのか、とのつぶやきが洩(も)れる書である。
 「戦艦ポチョムキン」を語りつつエイゼンシュタイン論、あるいは社会主義リアリズム論を展開するとか、20世紀初頭のロシア革命に至る道筋に光を当てるとか、さらには帝政ロシア末期の軍事をなぞりつつ、新しいタイプの戦争の登場への対応を語るとか。とにかく、こうしたすべての史実が記述されているのである。
 つまり本書は、著者自身の〈あの戦艦ポチョムキンの映画の製作された背景、そしてこの艦自体の運命とあの反乱の渦中に身を置いた人物たちの実像を知りたい〉という関心をもとに書かれている。著者は「あとがき」で、「解釈」を軸にして書いたというが、それ以前の関心や興味が著者をつき動かしたのだろう。
 「戦艦ポチョムキン」の反乱は、むろんエイゼンシュタインの描いた脚本とは異なっている。あまりにも有名となった「オデッサの階段の一連の画面」などは現実ではなく、事実と映画の差について著者は時間を追いながら比較している。この比較が本書の読みどころだ。
 ポチョムキンという艦名はエカテリーナ女帝の「愛人の座と帝国の宰相並みの権力を得る」ことになる近衛兵の名だが、この戦艦は、ロシアからソ連への歴史20余年の間に数奇な運命を辿(たど)る。1905年のオデッサでの反乱、それはやがて帝制の終焉(しゅうえん)につながる。この反乱のときに指導者の一人だった水雷兵曹マチュシェンコが、2年後に逮捕され処刑される。その折の描写の簡潔さが著者の姿勢なのだろう。
 ポチョムキン号は、その後パンテレイモンとなり、さらに革命や第1次大戦の推移によって幾つかの名称を持つことになる。その変遷に、歴史にふり回された戦艦の素顔が見えてくる。
    ◇
 現代書館・2310円/てら・あぜひこ 外資系企業に勤務後、ウクライナのオデッサに語学留学。本書が初作品。

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