書評・最新書評

「AV女優」の社会学―なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか [著]鈴木涼美

[評者]水無田気流(詩人・社会学者)

[掲載]2013年08月25日

[ジャンル]社会

表紙画像

■語ることと語り得ぬことの相剋

 おそらくAV(アダルトビデオ)ほど、日常的に消費されながらも、あえてその構造や意義を真摯(しんし)に検討されない分野も少ないだろう。その言説の多くは、(主として男性)消費者の性的ファンタジーや好奇心に訴える範疇(はんちゅう)に留(とど)まり、たとえ表象される女性に「語り」の役割が与えられたにしても、それは消費者の望む役割を引き受けたにすぎない……。本書を精読するまで、私はそのように理解していた。そしてその予測は、良い意味で裏切られた。
 女性が「体を売る」ということ。1983年生まれ・東京文化圏育ちの筆者にとって、このことは日常と地続きの風景だったという。放課後、部活動に勤(いそ)しむように「ブルセラ」に踏み込む同級生を横目に高校生活を送り、AVやキャバクラのスカウトマンの闊歩(かっぽ)する地域で大学生活を送り、やがて彼らとのネットワークをもった筆者は、AV業界の観察ポイントを確立する。
 本書の視角はAV業界を超え、奇妙に現代社会の縮図を描き出す。それは、より「替えの効く」「自己責任を問われる」立場の者の痛覚を突くだろう。とりわけ女性は、これらに加え「性的対象である」ことが日常に浸透している。いわゆる性の商品化の一言で語られる問題の複雑な澱(おり)がここに綴(つづ)られる。なるほどAV女優とは、これら矛盾の結節点である。出演動機などを語ることによって、当初「AV女優になる」ことを述べた彼女らが、「AV女優である」ことそのものへと転化する。その過程や構図が、本書の中で開示されていく手法は見事。
 若干疑問が残ったのは、果たして本書で取り上げられたような語りが、現在のAV市場の主たる需要分野なのかという点である。匿名性が高く、語る機会すら与えられない女優こそが多数派ではないのか。もっとも、それゆえの「語るAV女優」の切実な饒舌(じょうぜつ)さ、と考えれば納得できる。語ることと語り得ぬことの相剋(そうこく)に立つ、異才の書。
    ◇
 青土社・1995円/すずき・すずみ 83年生まれ。09年、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。

関連記事

ページトップへ戻る