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美味しい革命―アリス・ウォータースと〈シェ・パニース〉の人びと [著]トーマス・マクナミー

[評者]隈研吾(建築家・東京大学教授)

[掲載]2013年08月25日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■食を通じて学校教育にも影響

 20世紀後半のアメリカ西海岸は、「革命」の大産地であった。「美味(おい)しい革命」は、そのひとつである。20世紀工業化社会は食の領域においても、人間を大いに抑圧した。大量生産、平準化の原理によって、ファストフードが世界を制覇し、家庭での食事も、農薬、遺伝子操作にまみれた食品群によって、貧相で不健康なものとなった。特に、アメリカの食文化は壊滅的な状況だった。
 主人公アリス・ウォータースはこの状況に異を唱え、小さな革命を起こした。1971年、カリフォルニアのバークリーに小さな実験的レストランをオープンした。有機野菜など地元産の食材を使ったシンプルな料理。はじめは小さな革命でも、大きな意味、大きな射程があれば、小さな革命はあっという間に世界に広がり、世界を実際に変えてしまう。それが20世紀後半のメディアのシステムであった。アリスの革命も、そのような性質をもつ革命だった。彼女はカリフォルニア・クィジーヌ(料理)の母と呼ばれ、彼女がはじめた「シェ・パニース」は、アメリカの20世紀後半のレストランビジネスのベンチマークとなった。革命は成就し、彼女は成功を手に入れた。
 問題はその後である。20世紀後半、アメリカの革命は、社会を変える以前に、ビジネスの爆発的成功という形をとった。現代の革命の悲しい宿命である。
 ビジネスの成功のあとに、何を社会に残せるのだろうか。お金だけが残る悲しい革命が山ほどあった。アリスの真のすごさは、彼女がビジネスの成功に全くこだわらずに、食を通じて、アメリカの教育を変えようとしたことである。クリントン夫妻が称賛し、学校教育にも、アリスの思想は影響を与えつつある。
 もうひとつ、アリスが残したのは、レシピかもしれない。そのレシピのディテールが満載されていることで、この本は革命のあとの日常でも、読まれ続けるであろう。
    ◇
 萩原治子訳、早川書房・2520円/Thomas McNamee 47年、米国生まれ。作家、ジャーナリスト。

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