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世界が認めたニッポンの居眠り 通勤電車のウトウトにも意味があった! [著]ブリギッテ・シテーガ

[評者]萱野稔人(津田塾大学教授・哲学)

[掲載]2013年09月01日

[ジャンル]社会

表紙画像

■会議でも目をつぶる仮眠の国

 パリに留学中、私はよく地下鉄の車内で居眠りをしたが、あるとき、車内で眠っている人は他に誰もいないことに気がついた。地下鉄だけではない。カフェでうとうと眠ってしまうと、すぐにウエーターがきて「大丈夫ですか」などときいてくる。どうやらカフェで眠るのはご法度らしい。大学の授業でも居眠りしている学生は見当たらない。何人もの学生に「授業中に居眠りすることはないのか」ときいたところ、全員から「ない」という返事がきた。小中高の授業でも居眠りする人はいないという。要は、他人がみている環境のなかで眠るという発想そのものがないのである。
 そうした常識をもつ多くの欧米人にとって、電車内でも授業中でも喫茶店でも会議中でも居眠りをする日本人の姿は驚きの対象にちがいない。本書はその居眠りを、表題から予想されるものとは異なり、社会人類学的にまじめに考察した本である。
 それによると日本の社会は、夜間の睡眠時間が比較的短く、昼間に各自がうたた寝や居眠りをする仮眠文化圏に属する。これは、一日の睡眠が夜間の一回だけで、睡眠そのものがプライベートな領域に閉じ込められた、ヨーロッパなどの単相睡眠の社会と著しい対照をなす(中間にシエスタ=昼寝文化圏がある)。日本では睡眠時間が短いことが勤勉さの証(あかし)とされる一方で、会議中などでの居眠りに比較的寛容なのはそのためだ。
 睡眠は一日のうちでもっとも時間をかける活動の一つである。だから、ある社会の睡眠のとり方について考察することはそのままその社会の時間のつかい方やそれをめぐる規範意識を考察することにつながる。私たちが日ごろ当然のようにおこなっている居眠りを考察することが、ここまで日本社会の特質をあぶりだすことになるのかということを発見させてくれる、とても知的で楽しい本だ。
    ◇
 畔上司訳、阪急コミュニケーションズ・1785円/Brigitte Steger 65年生まれ。英ケンブリッジ大准教授。

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