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安部公房とわたし [著]山口果林

[評者]福岡伸一(青山学院大学教授・生物学)

[掲載]2013年09月15日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■覚悟感じる切実な自己回復の書

 まず驚かされるのは、カバーの4枚の写真の著者の表情だ。やさしく柔らかでさりげない。そこにどれほど親密な時間が共有されていたかが手にとるようにわかる。同時にこのときかろうじてバランスを保っていたであろう均衡の危うさを思うと心が痛んだ。
 私は一時期、安部公房作品を熱心に読んでいた。しかし作家の身の上に何が起きていたのか全く知らないでいた。
 2人は、演劇を学ぶ学生とその師として1960年代に出会い、徐々に接近していく。「未熟な私のどこに、安部公房は引きつけられたのだろう」「そのドライブで、次の段階へ進むことになるだろうとの予感があった。私に覚悟はできていた」。著者は連続テレビ小説の主役に抜擢(ばってき)されスターに、作家は世界的な評価を受けノーベル賞にも擬せられるようになる。深まって行く関係。やがて妻の知るところとなり作家は家を出る。
 数々の秘密の暴露がある。堕胎。癌(がん)告知。手術。作家は女優のマンションで倒れる。しかし抑制の利いた筆致が凡百の暴露本に堕してしまうことを避け、貴重な資料的価値を生み出している。
 「私は安部公房の手に魅せられた」「好みには、ある傾向があるのに気づく。ちいさい世界で完結するものどもだ」。密会は重ねられ、方舟(はこぶね)はさまよい、作家はカンガルーの軽やかさに憧れていた。帯の印象的な言葉「君は、僕の足もとを照らしてくれる光なんだ——」は本文になかったが、いつ語られたものなのか。
 著者との関係は、年譜からも一人娘による伝記からも注意深く、そして完全に消しさられている。このような本には批判があるだろう。しかし私は本書を、透明な存在にされた著者の、ようやく到達できた切実な自己回復の書として読んだ。彼女には覚悟があるのだ。「安部公房は私を守りとおしてくれたのだと思っている」。作家の全身像は、ここに補完されたのではないか。
    ◇
 講談社・1575円/やまぐち・かりん 47年生まれ。女優。俳優座、安部公房スタジオなどの舞台に出演。

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