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「東洋の魔女」論 [著]新雅史

[評者]水野和夫(日本大学教授・経済学)

[掲載]2013年09月22日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■紡績業通して語る日本戦後論

 本書の途中でページをめくることができなくなった。「女工に負けたら恥じよ」と当時強豪の女子校チームに野次(やじ)られ、「女工」という烙印(らくいん)を押されたことで、しどろもどろになった日紡チームは負けてしまう。ここで、涙腺が緩んでしまったのである。
 本書は書名から連想されるスポ根論ではない。企業を通してみた日本の近代経営論であり、第2次大戦に出征し、命からがら帰国した将兵のその後の「大きな物語」である。
 日本のエスタブリッシュ企業である紡績会社のバレーボールチームは、戦後、義務教育修了年限に達した大量の女子を「いかに就職させるかという問題」を解決する手段として生まれた。
 1950年代まで、女子社員の勤続年数は短かった。当時、女子中卒者の多くは20歳前後で離職し、その後「音信不通」になっていった。
 そうした社会状況を改善するため当時の繊維業界は官民あげて「絶え間ない努力」を行った。「工場の近代性・安全性を喧伝(けんでん)し(略)面倒見のよい職場であることをアピールしようと」、米国でレクリエーションとして考案されたバレーボールを採用した。
 60年代、当時のエリートである高卒女子の日紡貝塚チームを率いた大松博文監督は、他の一般労働者と同等の工場勤務をこなす彼女たちに睡眠時間を削っての猛練習を課し、ステートアマであるソ連の女子バレーに挑んだ。
 大松は彼女たちの望んだ「結婚」、すなわち女性性を取り戻すためにいったんそれを否定して「鬼」と化し、金メダルを取ることで「魔女」から「解放」したのだった。
 翻って、グローバル時代の21世紀には「泳げない者は沈めばいい」を標榜(ひょうぼう)するグローバル企業のトップが名経営者としてもてはやされる。この彼我の差は時代の差に帰すことはできないというのが本書を読んだ実感だ。今の経営者にぜひ一読を薦めたい。
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 イースト新書・903円/あらた・まさふみ 73年生まれ。大学講師(社会学)。『商店街はなぜ滅びるのか』

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