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「ハモの旅、メンタイの夢 日韓さかな交流史」書評 海を挟んだ豊かな交流をたぐる

評者: 鷲田清一 / 朝⽇新聞掲載:2013年09月22日
ハモの旅、メンタイの夢 日韓さかな交流史 著者:竹国 友康 出版社:岩波書店 ジャンル:暮らし・実用

ISBN: 9784000244732
発売⽇:
サイズ: 19cm/246,3p

ハモの旅、メンタイの夢 日韓さかな交流史 [著]竹国友康

 日本からはスケトウダラやヌタウナギが、韓国からはヒラメやハモやアナゴが、毎日海峡をまたいで大量に行き来する。京都のハモ料理の上物は韓国産だし、釜山名物のコムジャンオクイは日本産のヌタウナギを焼いたものだ。
 意外と知られていないこの事実が発端にあった。明太(ミョンテ=スケトウダラ)は朝鮮の「正系の魚」、その干物は朝鮮の祭祀(さいし)になくてはならないものだった。コムジャンオクイという庶民料理の普及には、朝鮮戦争時に釜山に避難してきた人びとの生活難があった。そして魚類の交易には、日本統治期における水産技術開発・魚類学研究と、解放後の市場経済の強圧とが、前史としてあった。
 事件で語られる日韓関係ではなく、日々の交易の現場で見ること、聴くことから始めた著者は、日韓各地に散在する資料を読み込むなかで、〈開発〉か〈収奪〉かという歴史論争の背後に、それらがともに前提している「成長」の論理を見抜く。自分たちが食べるためでなく、ましてや神に捧げるためでもなく、「売るため」だけに魚たちを獲(と)る、そのような「成長」と「領有」の発想が、「無主の海」という公共性と、魚たちとともにある人びとの海を挟んだ豊かな交流を崩した、と。
 足元にある小さな事実から出発し、だれも踏み込んだことのない森に分け入り、膨大な聴き取りと資料の検索を手弁当でやり続けるなか、発端の事実がうんと厚い遠近法のなかに置きなおされ、そしてそこから是が非でも守らなければならないものが見えてくる……。そんな「調べること」のすがすがしさを、この書物に感じた。と同時に、大学における学術研究のいくばくかの頽廃(たいはい)を思った。
 歴史を読むことは、人びとと関係を紡いでゆくことから始まる。米国の日系人社会を論じた『リトルトウキョウ物語』以来35年間、著者のこの姿勢は揺るがない。
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 岩波書店・2730円/たけくに・ともやす 49年生まれ。河合塾で現代文を担当。『韓国温泉物語』など。