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炭素文明論―「元素の王者」が歴史を動かす [著]佐藤健太郎

[評者]萱野稔人(津田塾大学教授・哲学)

[掲載]2013年09月29日

[ジャンル]科学・生物

表紙画像

■希少元素をめぐる人類の争い

 炭素は人類にとってなくてはならない元素である。人類の存在はまさに炭素のもとでなりたっているとさえいっていい。たとえば人体から水分を除いた体重の半分は炭素によって占められているという。人類が生存するためには食物とエネルギーが不可欠だが、それらも炭素を基本とした化合物(炭素化合物)によってできている。私たちの暮らしをみまわしても、炭素を含んでいないのは金属やガラス、石ぐらいだ。私たちの文明社会そのものが炭素なしには考えられないのである。
 本書はその炭素に注目し、人類がどのように炭素を活用してきたか、そしてそれによってどのように文明が発達し、歴史がくりひろげられてきたのかを概観した本である。デンプン、砂糖、ニコチン、カフェイン、エタノール(つまり酒だ)、ニトロ、石油など、とりあげられる炭素化合物は数多い。これらの物質をめぐって人類は激しい獲得競争を展開してきた。なにしろ地表には重量比でいうと0・08%しか炭素は存在しないのだ。そうした希少性をめぐる争いは今後もけっして解消されることはないだろう。むしろ食糧危機やエネルギー危機に直面することでいっそう過酷なものとなるはずである。末尾で著者は、炭素を活用する新しい可能性にはどのようなものがあるのかを示しながら、人類の未来はまさに炭素をマネジメントする技術にかかっているという。その言葉の意味はひじょうに重い。
 本書を読むと、文明とは人類が炭素を活用する仕方によってそのかたちが定まってくるものであることがよくわかる。炭素によって組成された人間身体がさまざまな炭素化合物を手に入れ、活用し、つくりだしていくという地球史的な営みのなかに、人類史は位置しているのだ。そうした壮大な歴史観、人間観にまで本書は読者をいざなってくれる。記述はやさしく、それでいて知的刺激に満ちた良書だ。
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 新潮選書・1365円/さとう・けんたろう 70年生まれ。サイエンスライター。『医薬品クライシス』

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