書評・最新書評

猿まわし 被差別の民俗学 [著]筒井功

[評者]田中優子(法政大学教授・近世比較文化)

[掲載]2013年10月06日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■あがめられ差別された祈る人々

 人と猿の関係を解く書物は今までにもあった。猿とは何かを民俗学的に解説する書物も存在する。むろん、芸能民としての猿まわしや猿引きについても、民俗芸能のテーマとして、あるいは差別の問題として書かれてきた。
 本書がそれらと何が異なるかというと、一つは猿まわしが担ってきた「隠密」、つまりスパイとしての役割をはっきり書いたことである。そしてもうひとつは、猿まわしが牛馬の祈祷(きとう)に特化したシャーマンであったことを、明らかにしたことである。
 江戸時代の浅草には、弾左衛門(だんざえもん)屋敷を中心とする特別な町があった。ここには死牛馬の皮を扱う職人を中心に、木綿を売る店、質屋、湯屋、髪結い、公事宿(くじやど)などがあり、猿飼の家も十数軒あったという。
 しかしそれは猿が芸を見せてお金をもらう芸人とは異なる役割をもっていた。将軍家、御三家、旗本、大名屋敷などに出向いて、そこの厩(うまや)をお祓(はら)いし、猿舞を見せるのである。つまり馬の無事と健康を祈る祈祷者としての猿なのだ。
 そこは被差別の町である。しかし江戸時代の被差別民は、社会が必要とした職人たちであった。皮や竹細工の職能もそうだが、祈祷者もまた欠かせない存在だったのだ。それを著者は「イチ」という言葉を軸に展開する。市場を意味するイチのほかイチコ、イタコ、イタカ、ユタ、猿を意味するエテコウそしてエタは、同じ類いの言葉なのではないかと仮説を立てる。確かに斎宮(イツキノミヤ)などで使うイツは神に仕える神聖な力を意味する。祈る人々、祝福する人々が、この世と別の世の境に立つ者としてあがめられ、同時に差別されたのではないか。
 差別は制度の観点のみではなく、重層的に成り立っていた複雑な社会の、祈りの志とともに考えるとき、深い理解が生まれるのだと思う。
    ◇
 河出書房新社・1995円/つつい・いさお 44年生まれ。民俗研究者。著書『サンカの真実 三角寛の虚構』など。

関連記事

ページトップへ戻る