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東京百景 [著]又吉直樹

[評者]水無田気流(詩人・社会学者)

[掲載]2013年10月06日

[ジャンル]人文

表紙画像

■ひそやかな場所の記憶めぐり

 場所の記憶は、つねに更新されていく。スクラップ・アンド・ビルドな風景が広がる東京は、巨大な記憶の脱臭装置であり、私たちは集団的記憶喪失者として暮らす。だが、ときに重ねられる記憶の層を、静かに剥がす本に出会う。
 筆者は芸人で、18歳で上京。本書を書き終えた時には32歳になっていた、という。だが芸能界の喧騒(けんそう)とは対照的に、その視線は淡々と、静謐(せいひつ)だ。所収された場所の記憶は、住んでいた三鷹、友人を訪ねた立川、挑戦するかのように歩く原宿、母を連れていけずじまいだった東京タワー……。多くの固有名詞に、個人的な意味をもたらす言葉が並ぶ。
 場所を生かすものは、いつも人の記憶だ。稽古に通った場所、仕事で行った場所、変な人に絡まれた場所、そして恋人がいた場所。あるときは記憶が場所性を貫き時間をねじまげ、またあるときは時間を切断する言葉が並ぶ。頁(ページ)をめくるたびに記憶の擦れ落ちる音が聴こえるような、東京の記録書。
    ◇
 ヨシモトブックス・1365円

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