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太平洋戦争下 その時ラジオは [著]竹山昭子/大本営発表のマイク [著]近藤富枝

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2013年10月13日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■「報道」から「報導」への傾斜

 東京放送局(JOAK)が、テスト放送を開始したのは、1925年3月1日。ラジオはまもなく90年という節目を迎えるが、そのせいかラジオに関する書、あるいは放送人の実像を語る書が相次いで刊行されている。
 この2書もその系譜に列(つら)なる。竹山書は、太平洋戦争期にラジオというメディアはどのような役割を持たされたか、の解説書。近藤書は自身の前半生の自分史だが、44年10月から敗戦時まで日本放送協会のアナウンサー時代を率直に語っている。放送論と体験史を重ねてみると、音声メディアのラジオがその特性ゆえに歴史に都合よく使われたことがわかる。
 竹山書は、「一つの声が同時に直接全国民の耳に入る」放送の機能が、戦時下ではどう利用されたのかを具体的に明かしていく。各種資料や文書記録を引用しながらの解説だが、太平洋戦争の始まりとともに、「国策の徹底」から「国民生活の明朗化」「生産増強」へ、そして戦争末期には「戦争報道」ではなく「戦争報導」に傾斜していく。いわば放送報国のそのプロセスに、このメディアに関わった放送人の懊悩(おうのう)があった。
 たとえばアナウンサーは、「無色透明なる伝達者」として主観を交えない段階から、やがて「国民動員の宣伝者」になれとの職業意識が課せられていく。さらに「国策を自己の解釈により、情熱をもって主張」へ、戦争後期になれば、「信頼感と安定感」を与えるよう原稿を読めと命じられる。
 戦況を伝えるアナウンサーの微妙な感情を国策に収斂(しゅうれん)させよということだが、近藤書では、「大本営発表」を読むときには男性アナウンサーと異なって感情を交えないよう原稿を読んだという。「ニュースの内容まで批判する習慣が私から消えていた」と書いている。
 放送人の自戒は、この点にも集約しているようだ。
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 『太平洋戦争下』朝日新聞出版・1680円/たけやま・あきこ▽『大本営』河出書房新社・1890円/こんどう・とみえ

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