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摘便とお花見―看護の語りの現象学 [著]村上靖彦

[評者]出久根達郎(作家)

[掲載]2013年10月20日

[ジャンル]人文 社会

表紙画像

■「ケアとは何か」を語る言葉

 摘便(てきべん)、とは耳慣れない言葉だが、看護用語であろうか。摘芽、摘花はある。芽や花を摘むことである。便を摘むのが摘便。では「お花見」とは。
 何だかむずかしそうな副題の本だが、ひと口に言えば「ケアとは何か」であって、四人の女性看護師さんが、日々の仕事や看護師を志した動機などを「自由に」語った。それを現象学者が分析し、語りの哲学、語られた事柄の深層にあるもの、などを研究した。そう言っては何だが、分析より、看護師の語り口が興味深い。録音された話を整理せず、そのまま活字化している。あの、なんか、なんだろうな、なんかその、という具合である。言葉に表すと嘘(うそ)になってしまう、適確な表現が見つからない、もどかしい。そのあいまいな部分が、人が人を看護する世界であって、私たちが考えている以上に複雑きわまる。
 がん患者を担当するCさんは、死んだら終わりでなく、死後の希望を考える。遺(のこ)された者が思いだす故人は幸せな笑顔が多い。そこで末期の患者に笑顔になってもらうため、過去の良い場面を思いだし語ってもらう。語っている際の豊かな気持ちは、来世に持っていける、と伝える。すると患者は、いっぱい思いだすわ、と。Cさんはこれを演出という。善意の「ごっこ遊び」と。
 透析室に勤めたDさんは、働く場所がワンフロアだから患者も看護師も全部見えた。見えるから干渉しすぎる。塩分やカリウムを制限されている患者の採血の結果で、生活が見えてしまう。禁じられている物を食べたな、とわかる。医療の言葉で注意すると権威的になるので、Dさんは無害な食べ方をさりげなく助言する。患者の生活を支える意識。
 訪問看護師のFさんは、人への不信感丸だしの患者を、梅見に連れだす。心を閉ざしていた患者は、いつも世話してくれている妻にみやげを買って帰った。病を治すのは薬や医術、更にお花見なのだ。
    ◇
 医学書院・2100円/むらかみ・やすひこ 70年生まれ。大阪大学准教授。専門は基礎精神病理学・精神分析学。

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