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島田清次郎―誰にも愛されなかった男 [著]風野春樹

[評者]荒俣宏(作家)

[掲載]2013年10月27日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■「天才」は入院後も書き続けた

 大正時代は、スケールが大きすぎ話も赤裸々にすぎて胡散(うさん)くさく思われてしまう「天才」が多数輩出した、ある種の文化的黄金時代だったらしい。精神病院から詔勅を発した芦原将軍しかり。ロシア皇太子侍従の落とし胤(だね)としてロシア革命の修羅場を実際に体験した異色の混血作家・大泉黒石しかり。そして本書が描く島田清次郎の短い人生も、彼が残した小説に負けないほど超人的だった。
 島田清次郎は極貧の生活を送りながら、わずか20歳で刊行した自伝的小説『地上』が若い読者に支持され、大ベストセラー作家となった。本人がモデルの苦学生時代から始まる物語は、巻を重ねるに従い舞台を世界に広げ、全人類の幸福達成を妄想する「天才」の苦闘記へと発展する。その情熱に触れた女性も彼を崇拝せずにいられなくなるという身勝手きわまりない筋だが、著者によれば、中学生だった中原中也ら10代の読者の渇きを癒やす青春小説として迎えられ、清次郎のような「天才」になることが文学少年たちの目標になった。
 だが、この天才作家は、膨大な印税収入を投じて、H・G・ウェルズやゴールズワージーら世界的作家と会見する旅を敢行、本気で世界改造を論じだすのだ。故郷や学校の人脈も無遠慮にこき使い、結婚すれば妻に暴力を振るい、彼を無視する文壇とも敵対した。また自分の愛読者だった海軍少将令嬢を「誘拐監禁」し結婚を迫るに及んで逮捕・告訴され、ついに精神病院に入院となる。精神科医でもある著者が特段力を注ぐのは、彼の入院後の生活である。早発性痴呆(ちほう)(現在の統合失調症)と診断され抹殺状態に置かれた彼が、じつは死の直前まで著述をつづけ復活を期していた事実が新たに掘りだされる。愛されなかったかどうかを越えて、当時の青年に現実を突き破る妄想の力を示した「天才」の挫折伝として、これは読める。
    ◇
 本の雑誌社・2625円/かざの・はるき 69年生まれ。精神科医。書評家。専門は精神病理学、病跡学。

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