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「老年症候群」の診察室―超高齢社会を生きる [著]大蔵暢

[評者]田中優子(法政大学教授・近世比較文化)

[掲載]2013年10月27日

[ジャンル]医学・福祉

表紙画像

■人間の全体を見る医療を取り戻す

 高齢の母が複数の病院に通い、たくさんの薬を服用していた。それでもひどく具合が悪くなったことがあった。「何かおかしい」と自分で感じていくつかの薬をやめ、いくつかの医療機関をやめたら調子が良くなった。そういう経験をちかごろ良く耳にする。
 本書を読んで、すとんと心に落ちた。五つの医療機関にかかり十七種類もの薬を処方されていた高齢者の話が最初に出て来る。これは希(まれ)な例ではない。やはり変だ。著者は「医学モデル」から「生活モデル」への転換が必要だと言う。高齢者の不調は若者の病気とは異なり「虚弱化」の結果なのだ、と。具合が悪くなるとその部分の専門の病院に行くが、ひとつひとつ別々に治療しようとしたら何種類もの薬を飲むことになり、その副作用は尋常ではない。
 ではどうしたら良いか。全体を「老年症候群」と捉え、別々にではなく、老化全体と向き合いながら、生活を楽しむのがいちばんだという。自分の身に引きつけてもそのとおりだ。
 高齢になればなるほど人間の多様性が増して来る、という指摘に納得した。症候群の出方はそれぞれ、趣味も思想もまちまち。医者もそれを心得て柔軟に対応しなければならないのは、その通りだろう。この多様性は、高齢化社会の豊かさでもある。
 老年医学には「包括的高齢者評価」という概念が必要だそうだ。身体的な問題が心理的な問題と関わっていたり、その逆もあり、その原因が生活環境であったりと、全体の生活の質を知らないと、もはや医療は対応できないのである。個々の人間をみつめることになる。
 近代医学は人間の同質性を前提に部位を分け、分析することで発達した。しかし高齢化社会を迎えることでようやく、かつてのような人間の全体を見る医療を取り戻せるのではないか。その可能性を感じることのできる本だ。
    ◇
 朝日選書・1365円/おおくら・とおる 東京ミッドタウンクリニックのシニア医療部長。

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