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病の皇帝「がん」に挑む―人類4000年の苦闘(上・下) [著]シッダールタ・ムカジー

[評者]三浦しをん(作家)

[掲載]2013年11月03日

[ジャンル]医学・福祉

表紙画像

■情熱的に描く、生への希求の歴史

 著者のムカジー氏は、アメリカでがんの治療と研究にあたっている医師だ。彼は娘の誕生を、注射器片手に待ち受けた。臍帯血(さいたいけつ)を採取し、がん患者の治療に役立てるためだ。そんなムカジー氏が、専門家として、多くの患者さんと向きあってきた一人の人間として、「がんとはなんなのか」「人類はがんにどう挑みつづけているのか」を、科学的かつ情熱的に解説する。
 上下巻の大著だが、ぐいぐい読める。私のように医学的な知識がないものが読んでも、わかりやすい。いまから約4千年前、古代エジプトの時代に、人々は乳房にできる「しこりの病」の存在にすでに気づいていた。紀元前500年ごろ、ペルシアの王妃アトッサは、乳房の腫瘍(しゅよう)摘出手術を受けた。
 その後も人類とがんとの戦いはつづく。まじない、体から血を抜く瀉血(しゃけつ)など、さまざまな「治療法」が生みだされた(現代の感覚からすると、瀉血はされたくない)。それはほとんど、人類の絶望の歴史だった。だがいま、がん研究は着実に進歩し、的確な手術、放射線療法、化学療法などによって、多くの患者さんの命が救われている。
 とはいえ、がんの根絶には至っていない。がんは「細胞の病的な増殖」であり、生命活動と密接に絡んだ複雑な疾患だからだ。絶望と希望のあいだで揺れる医師、研究者の姿が、本書では描かれる。患者さんたちの姿も、それぞれに印象的だ。小児がん研究基金のイコンとなったジミー少年。彼がたどった運命は、本書の大きな読みどころのひとつだろう。
 がんの歴史を知ることは、人類の「生」への希求の歴史を知ることだ。本書の言葉を借りれば、そこには「何一つ、無駄な努力はなかった」。敗者は一人もいない。知りたいし生きたいと願いつづけて生きる、人間の輝きと苦難と喜びについて、考えずにはいられなかった。
    ◇
 田中文訳、早川書房・各2205円/Siddhartha Mukherjee インド出身の腫瘍(しゅよう)内科医。本書でピュリッツアー賞。

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