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11/22/63(上・下) [著]スティーヴン・キング

[評者]田中優子(法政大学教授・近世比較文化)

[掲載]2013年11月10日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■過去を変えれば幸せになるのか

 わかりにくい題名だが、つまり一九六三年十一月二十二日という意味だ。この日(日本時間で二十三日祝日)、私は確かにテレビでケネディ暗殺のシーンを見た。親戚の家を訪問中で、その部屋の様子まで鮮明に覚えている。暗殺は日本の未明だから、その後のニュースだったのだろう。このニュース番組は、日米間初の衛星中継試験放送だった。私は当時十一歳。後の九・一一や三・一一とともに、「あのとき私は」を記憶するような出来事だった。一九四七年生まれの著者のキングは十六歳であった。
 主人公ジェイクは二〇一一年のアメリカ北東部メーン州アンドロスコッギン郡リスボンフォールズ(実在の町)に住むリスボン・ハイスクールの教師で、作文の添削や演劇の指導をしている。その作文の中に、社会人学生の書いた、父親の家族殺人が綴(つづ)られた一篇(ぺん)があった。このことが物語の伏線になる。ジェイクはトレーラーハウスを改造したハンバーガーショップのなじみ客だ。この店、あまりに安い価格で人が寄りつかない。その金額には理由があった。癌(がん)で死が間近に迫る経営者アルは、ある日ジェイクを食品庫に案内する。
 読者も主人公もここで同じことを想像する。もしかして猫の死体が並んでる? いや、そうではなかった。アリスの兎(うさぎ)の穴のように、別世界に入る穴があったのである。その別世界とは、一九五八年のアメリカだった。
 このトレーラーがある場所にはそのむかし紡織工場があったので、穴を抜けると工場の乾燥小屋に出る。幾度も時代を行き来しながら、ジェイクはアルの熱望「ケネディ暗殺を止める」ことを実行しようとする。そのために過去の世界で、テキサス州にまで移動して五年間生活することになる。
 この小説自体がアリスの穴のようで、引き込まれたら出られなくなる。まず六〇年代の住居、飲食、ファッション、ジャズにロック、そして歴史である。日本人なのになつかしい。出て来る町や施設は実在に近い。リスボンフォールズの紡織工場は、調べればこの町の歴史の重要なトピックとして見つかる。では、と向こうの世界でジェイクが暮らすテキサス州デンホーム郡を調べてみたら実在しなかった。しかしダラスの町やオズワルドの毎日は実にリアルだ。
 キングの小説の面白さは、生活の中でふと出会う異常体験にある。日常と異常が実は隣り合わせで、そこに突然穴があく。それはキングの作品に共通している。
 本書は人の心の中にある「悔恨」を刺激する。あの時あれを止めていれば、と。では過去を変えればもっと人は幸せになるのか? 夢中で読んだ後、「今」が無二の瞬間であることを、深く納得する。
    ◇
 白石朗訳、文芸春秋・上下各2205円/Stephen King 47年、米国生まれ。74年に『キャリー』でデビュー。モダン・ホラーの巨匠として世界中にファンをもつ。本書は2011年に刊行され、国際スリラー作家協会最優秀長編賞などを受賞。代表作『IT』など。

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