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昭和の犬 [著]姫野カオルコ

[評者]内澤旬子(文筆家・イラストレーター)

[掲載]2013年11月10日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■立ち向かうだけが人生ではない

 読んですぐに、爽快感でいっぱいになるわけでも、泣き崩れるわけでも、ない。
 読み終えて、一旦(いったん)記憶の底に仕舞(しま)い込んだ数日後、夜道を歩いているときなど、ふと思い出し、引き戻される。
 彼女はなぜ怒らないでいられるんだろう。
 昭和三十三年。柏木イクは生まれる。父親はシベリア抑留経験者。旧日本陸軍の武官だった。敗戦から十年経って、引き揚げ船もこれで最後かと家族があきらめかけた頃に、故国へ戻ってきた。
 彼がシベリアでの生活を語る場面はほとんど描かれない。ひとに尋ねられて、口を閉ざす。抑留時の夢を見て、うなされて、起きる。あとは、娘や妻に向かって激しい癇癪(かんしゃく)を爆発させる様子ばかり。そしてイクと恐怖を分かち合えたはずの母も、不幸な結婚を呪い、心を病み、娘を愛そうとしない。
 玉突きのように、心の闇が連鎖して、イクにどしりとのしかかる。けれども、彼女は親に対して受けた理不尽を訴えるわけでもなく、恨みも育てない。内面の激しい葛藤すらも、描かれない。
 両親を「歪(ゆが)んでしまうだけの目に遭ったのだろう」と許し、結果として幸薄くならざるをえなかった自分の人生をも、静かに受け入れる。
 それでいいのかと、何度も何度も思う。けれどもそれが、親から精神的虐待を受けた(昭和生まれの?)ひとたちの、現実なのかもしれない。
 受け入れたところで、やり場のない気持ちが解消することもなく、成人して両親を看取(みと)る立場になってからも、イクの身体を蝕(むしば)む。
 そこに犬がいるのである。犬に笑いかけられて、犬と暮らした少女期を思い出し、すっと苦しい気持ちが吸い取られる。寂しいけれど、温かな気持ちになる。
 立ち向かうだけが人生ではないのかもしれない。じわじわと滋味溢(じみあふ)れる、忘れがたい小説である。
    ◇
 幻冬舎・1680円/ひめの・かおるこ 58年生まれ。作家。著書に『受難』『ツ、イ、ラ、ク』『終業式』など。

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