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ファントマ―悪党的想像力 [著]赤塚敬子

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2013年11月10日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能

表紙画像

■なぜ百年を経て人気があせないか

 ファントマを知ったのは、ルネ・マグリットの画集を手にした1960年代であった。以来、心を去らず、自作の主題にもしてきたのは、マグリットの絵にたびたび描かれる黒タイツ姿の怪しい人物や、スタラーチェ描く“FANTOMAS”の表紙絵をそっくり模写したマグリットの「炎の逆流」のファントマに、少年の頃熱中した怪人二十面相や怪盗ルパンの原型を見たからであろう。
 マグリットやアンドレ・ブルトンを入り口としてシュルレアリスムに感応し、それが深化していく過程で僕のファントマ意識は芸術の根幹と親和性を結んでいった。ファントマを換骨奪胎したマグリットを端緒として他の作品を見渡していくと、例えばブルトン執心のクロヴィス・トロウィユの作品にも“FANTOMAS”の表紙を飾った「切断された手」(マグリットも引用)が頻繁に登場するし、黒マスクに全身黒タイツの女ファントマが盗品を手に逃走する絵や、ピカビアの全身黒タイツを着用したようなシルエット人物もファントマを連想させずにおかない。
 本書は、シュルレアリストたちの仕事やフイヤードの映画「ファントマ」のシリーズ化で、ファントマがいかに大衆のイコンとなり、百年を経た今でも人気が衰えないか、人間性、犯罪、非道徳性、低級さ、芸術性、破壊的魅力などの背景を探り、歴史的に解明していく。手際は実に鮮やかだ。ベルエポックのパリを震撼(しんかん)させたファントマの存在をここまで幅広く深く探究した文献は、わが国では『ファントマ幻想』(千葉文夫・青土社)と本書のみであろう。
 一ファントマファンとして本書の出現には随喜の涙を誘われるが、この常軌を逸した非道な悪党がなお愛されるのは、芸術の創造と自由な精神への無制限にあり、ファントマの存在こそ、もうひとつの「シュルレアリスム宣言」とはいえないだろうか。
    ◇
 風濤社・3360円/あかつか・たかこ 80年生まれ。東京大学大学院博士課程在籍。専門は表象文化論。

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