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自然を名づける―なぜ生物分類では直感と科学が衝突するのか [著]キャロル・キサク・ヨーン

[評者]川端裕人(作家)

[掲載]2013年11月10日

[ジャンル]科学・生物

表紙画像

■魚類は「科学的」に存在しない?

 魚類という分類群が「科学的」には存在しないという主張をご存じだろうか。生物の系統を明らかにする分岐学の立場で分類を考えるとそうなる。分類はある共通祖先から出た生き物を一括(くく)りにするべきで、魚類は「単系統」ではないから自然分類として適切ではない。どうしても魚類と言いたいなら、そこから出た両生類も爬虫(はちゅう)類も哺乳類もみな魚類だ。恐竜ファンなら「鳥は恐竜だ」という主張に触れたことがあると思うが、あれも分岐学の立場。我々が素朴に「魚」と感じる魚類など存在しないのである!
 直観的におかしな話だ。我々は、海や川や池で泳ぐマグロやアユやコイを見て、ごく自然に魚だと受け入れる。世界中の言語で魚に相当する言葉があり、だいたいのところ、我々はああいうものを見ると一まとめに分類するようになっているらしい。それが日本語ではサカナで、英語ではFishだ。
 著者は、近代分類学の祖リンネから説き起こし、ダーウィンの進化論を経て、現代の分子生物学を梃子(てこ)に、直観と「科学」の齟齬(そご)が顕在化してきた流れを追う。そして、それを読む限り分岐学の立場は実に「正しい」のである。
 一方、著者は、我々が自然を直観的に分類するやり方が、進化を反映しないとしても、我々の生きる世界において役立ってきたと位置づける。エドワード・ウィルソンが言う「生命愛(バイオフィリア)」にもつながる、自然の中に秩序を見いだす力として。「生物界を眺めるわたしたちが行っているさまざまな分類はそれぞれ価値がある。科学による分類もそのひとつである」というのが、著者による落としどころか。系統の探究と、我々が意図せずとも行ってしまう分類という行為の違いに自覚的になるべきだ、とも読める。
 この手の議論は、踏み込むとすぐに哲学的で難解になりがちだが、一貫して平易な語り口に引き込まれる。
    ◇
 三中信宏・野中香方子訳、NTT出版・3360円/Carol Kaesuk Yoon 米の進化生物学者。

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