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ビスマルク(上・下) [著]ジョナサン・スタインバーグ

[評者]水野和夫(日本大学教授・経済学)

[掲載]2013年11月17日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■大帝国を育んだ天才性と悪魔性

 鉄血宰相オットー・フォン・ビスマルクには、様々な冠がつく。「天才」「レアルポリティークの実践者」といった好意的なものから、平気で恩人を裏切ることから「冷徹、冷酷」、原理原則をもたない「融通無碍(ゆうずうむげ)」、知人から「気違いユンカー」の称号を得て、フロイトからは「不気味なもの」、ヴィクトリア女王には「邪悪」と呼ばれた。敬虔(けいけん)なカトリック信者の「悪魔」は本書を読むと、褒め言葉かと思えてくる。
 本書の原題は「ビスマルクの生涯」であるが、18世紀のフリードリヒ大王からヒトラーの独裁、そして現在の欧州連合(EU)にいたるプロイセン(ドイツ)の近現代史を描き、その中心にビスマルクを据えている点に特徴がある。
 ビスマルクが継承したのは、啓蒙(けいもう)専制君主をいただく時代遅れのプロイセン。彼の幼少期には「未開の野」などといわれたが、その首相期間(1862〜90年)中に3度の戦争に勝利し、宗主国であるハプスブルク帝国の影響力も削(そ)ぎ、「ドイツ統一」を成しとげた。そのうえドイツ帝国を「ヨーロッパにおいて至上の地位」に押し上げる。まさに「天才」政治家の面目躍如たるものだった。
 ビスマルクの「悪魔」性は、「フランス革命の技術をその革命目標の達成を阻むために利用した」点にある。すなわち、当時民主化の流れを加速させるはずの普通選挙を、彼はオーストリアのドイツ介入という目論(もくろ)みを阻止するために実施したのである。決して、国内の自由主義者たちの要求を取り入れたのではなく、彼の立場からすれば「悪魔」と取引してでも「半絶対君主制」を維持することが目的だった。
 しかし、ドイツ国民はプロイセンの陸軍元帥だったヒンデンブルクをワイマール共和国の大統領に選出する。「ビスマルクの遺産はヒンデンブルクを経てドイツが生んだ最後の天才的政治家アードルフ・ヒトラーに受け継がれ、ビスマルクとヒトラーはこの遺産継承を通じて直線的に結び合わされたのである」
 話がそこで終わらないのが歴史のおもしろさである。ビスマルクは「半絶対主義的な君主制」を維持させ「ひじょうによろこばしいはじまり」だったが、失意のうちに退任するとき「不機嫌で敵意に満ちた労働者階級が登場」、それをヒトラーが利用したことで「かなしむべき、結末」を招いた。ところが1世紀半を経てユーロ統一で、「小ドイツ」は事実上「大ドイツ」へと変貌(へんぼう)しつつある。
 ビスマルクは自ら質素な墓の墓碑銘に「皇帝ヴィルヘルム一世に忠実に仕えた一人のドイツ人」と書かせ、誇り高き「ユンカー」としての生涯を貫徹したのだった。
    ◇
 小原淳訳、白水社・各4830円/Jonathan Steinberg 34年生まれ。米国の歴史家。専攻は近現代欧州史。米ハーバード大学を卒業後、英ケンブリッジ大学で博士号を取得。同大で長く教壇に立ち、現在は米ペンシルベニア大学教授。本書が初の邦訳となる。

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