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坪井正五郎―日本で最初の人類学者 [著]川村伸秀

[評者]出久根達郎(作家)

[掲載]2013年11月17日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■多彩な交遊から浮かぶ人間像

 坪井正五郎とは、何者であるか。彼が「コ字付け歌」と題して詠んだ狂歌で知れる。「古物(こぶつ)古跡コロボックルは好めどもコの字の病ひこれでコリゴリ」。コの字の病とは、コレラのことである。
 コロボックル、は耳にしたことがおありだろう。アイヌ語で、フキの葉の下に住む人を意味する。坪井はアイヌ以前の日本列島先住民だと主張した。現在はDNA研究によって否定されているが、坪井といえばコロボックル、と受けとめられている。不幸なことに誤った学説を唱えたために、坪井の業績と生涯がかすんでしまった。日本人類学のパイオニアなのに、その業績は狭小化され、世間から忘れられてしまった。
 本書は坪井正五郎の復権を願って、初めてまとめられた伝記である。ユニークなのは、坪井と交流した人物たちから見た伝記であること。どんな者とつきあっていたかを見れば、その人の本質がわかる。
 本書に登場する八百余人の顔ぶれは、なじみのない人物が多い。一方、へえ、この人がこんな所に、と意外な場面で意外な顔に出会う楽しさがある。バラエティーにとんだ交遊こそが、坪井の隠れた業績かも知れない。
 民俗学者の柳田国男と、粘菌学・博物学者の南方熊楠(みなかたくまぐす)を結びつけたのは坪井だし、『世界お伽噺(とぎばなし)』の巌谷小波(いわやさざなみ)にその材料を提供した関係で、三越呉服店のブレーン組織「流行会」の一員になる。世界各国の流行を研究する会で、坪井はまた児童用品研究会にも参加した。燕(つばめ)の形をしたブーメラン(商品名は、飛んでこい)や、カレンダーつき筆入れほか、種々の玩具や学用品を発明し販売に協力した。
 冒頭の狂歌でわかるように、遊び心に満ちた学者であった。その人柄を慕って、鳥居龍蔵や金田一京助ら後輩が集まった。坪井は人材を発見し育てた学者といえる。大正二年ロシアで客死して、今年は百年になる。記念の書である。
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 弘文堂・5250円/かわむら・のぶひで 53年生まれ。山口昌男『敗者学のすすめ』などを編集したフリーの編集者。

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