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ゾミア 脱国家の世界史 [著]ジェームズ・C・スコット

[評者]柄谷行人(哲学者)

[掲載]2013年11月24日

[ジャンル]社会 国際

表紙画像

■支配逃れ「遊動」、山地民の「歴史」

 表題の「ゾミア」とは、東南アジア大陸部(ベトナム、カンボジア、ラオス、タイ、ミャンマー)および中国南部の丘陵地帯を指す新名称である。そこには、まだ国民国家に統合されていない人々が存在する。彼らは主として、焼き畑と狩猟採集で生きている。
 これまで、彼らは山岳民族ないし原始人の生き残りと見なされてきた。しかし、著者の考えでは、もともと平地にいた農耕民である。水稲農業は必ず国家の支配、階級的支配をもたらす。そこから逃れるため山地に向かった人々が、焼き畑狩猟を始めたのである。それは遊動的な暮らしであるため、共同所有があり、したがって、平等主義的な社会が維持されたのである。
 彼らは歴史をもたないといわれる。しかし、歴史は国家によって記録されるものだ。山地民は国家から逃れ国家を阻むように生きてきたのであり、それが彼らの「歴史」である。とはいえ、山地民は平地の世界から孤絶してきたのではない。交易・戦争などを通して、たえず平地の世界と交通してきた。つまり、山地民と平地の国家は、相互的な関係において存在してきたのである。本書は「ゾミア」の地域について詳細に分析するとともに、それが各地に普遍的に存在することを示唆している。
 事実、このような山地民の世界は、日本人にとって無縁ではない。たとえば、柳田国男は約1世紀前に、宮崎県椎葉村で焼き畑狩猟民の「社会主義」的世界を見た衝撃から、また、このような山地民の世界がまもなく消えてしまうだろうという危機感から、民俗学研究に向かったのである。「ゾミア」の山地民世界も、いま急速に消えつつある。同時に、そのことが今、ミャンマー、ラオス、中国などで、深刻な政治的・宗教的な紛争をもたらしている。それを理解するためにも、本書のような本が必要である。
    ◇
 佐藤仁監訳、みすず書房・6720円/James C.Scott 36年生まれ。米エール大学教授(政治学、人類学)。

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