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ウォール街の物理学者 [著]ジェイムズ・オーウェン・ウェザーオール

[評者]川端裕人(作家)

[掲載]2013年11月24日

[ジャンル]科学・生物

表紙画像

■市場に潜む法則、科学で挑む

 2008年、リーマンショックなどの金融危機が世界を襲った時、著者は物理・数学の博士課程の学生だった。金融危機の元凶として数理モデルへの過信を糾弾する声に耳を傾けつつも、別の物理学的方法で危機を生きのびた(むしろ利益をあげた)投資会社があることも知る。金融を学んだ者、投資会社などに勤めた経験者はお断り。物理・数学の学位取得者を優先して採用するヘッジファンドだ。
 サイエンスライターとなった著者は、まず物理学的な手法が金融を変えてきた歴史を辿(たど)る。フラクタル理論のマンデルブロによる金融・経済の統計的分布の研究(60年代)、アポロ計画の中止による解雇や、就職先がなくなった物理学の学生がウォール街に向かったこと(70年代)、サンタフェ研究所に代表されるカオス理論、複雑系研究の勃興(80年代)などなど。研究の蓄積は相当なものだ。
 その一方で、金融の数理モデルに不信を唱える者は今も多い。例えば、金融危機の際、優良とは言い難い不動産ローンを切り分けて証券化しリスクを分散させ、あたかも絶対安全であるかのように見せかけた罪状。CDO(債務担保証券)と聞いて、苦々しい思いを抱く金融関係者は少なくないはずだ。しかし、著者はそれを踏まえた上で、世界経済を動かす責任ある立場の人々・機関が「その上を行かなければならない」とする。
 世界規模の金融・経済は、すでに数理的な方法と切っても切り離せない域に達している。評者の理解では、統計物理的な検討に堪えるほど巨大化した通貨市場などでは、背後に潜む法則を暴こうとする試みが進んでいる。理念的なモデルに沿って数式であらわしましたという水準の経済学理論とは一線を画し「観測データ」を見ることから始まるサイエンスだ。願わくば、著者の楽観的なビジョンが現実のものとなりますよう。
    ◇
 高橋璃子訳、早川書房・2100円/James Owen Weatherall 米の物理学者、哲学者、数学者。

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