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罪人を召し出せ [著]ヒラリー・マンテル

[評者]水野和夫(日本大学教授・経済学)

[掲載]2013年12月01日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■危機的状況に断を下す者描く

 時はF・ブローデルのいう「長い16世紀」(1450〜1640年)の真っ只(ただ)中、1535年9月の不気味な鷹(たか)狩りに始まってイングランド王妃アン・ブーリンが斬首刑に処せられる翌年の夏まで。主人公はヘンリー8世の秘書官トマス・クロムウェル。ローマ・カトリック体制・欧州文明の辺境にあったこの島国は「ささやかな自由、そして、動物のように扱われてきた過去を葬り去って、イングランド人らしく扱われること」を長く切望してきた。
 ヘンリー8世は、アンの前に王妃として迎え入れたスペイン王の叔母キャサリンを離縁、離宮に幽閉している。当時の世界帝国スペインの大使から王妃を粗末に扱えば貿易を止めるぞと脅されたり、ウェールズでは追いはぎや海賊が跋扈(ばっこ)したりして、一歩間違えば王家がこの地上から消えてなくなるかもしれないという危機的状況にあった。
 ごろつきの家に生まれヘンリー8世に抜擢(ばってき)されたクロムウェルは、そうした状況下で諸大臣を抑え、事実上の宰相として、「単一国家、単一貨幣、……そしてなによりもすべての民がただひとつの言語をしゃべ」り「君主とその国家は調和している」国をつくるという理想を追求した。その過程で、彼は、アン王妃と対決して不義による国家反逆罪にしたてあげていった。王の子でないと噂(うわさ)されるアンの子エリザベスを王位継承者から外さないと、正統性を巡って内戦が起きるからだ。
 本書を読むと、まさにカール・シュミットのいう「主権者」(例外状況にかんして決定をくだす者)がクロムウェルなのだと思う。彼はアン王妃や彼女との仲を疑われる廷臣たちを「妄想が意思のなせるわざなら、その意思がよからぬものなら?」と、有罪に追い込む。正常な状況からみれば無茶苦茶(むちゃくちゃ)だが、例外状況では、常軌を逸した者しか国家、国民を救うことはできないのだと思い知らされた。
    ◇
 宇佐川晶子訳、早川書房・3150円/Hilary Mantel 52年英国生まれ。作家。『ウルフ・ホール』。

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