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ミッキーはなぜ口笛を吹くのか―アニメーションの表現史 [著]細馬宏通

[評者]いとうせいこう(作家・クリエーター)

[掲載]2013年12月15日

[ジャンル]歴史 アート・ファッション・芸能

表紙画像

■黒板の絵が動く、驚く創造の歴史

 「世界で最初のアニメーション映画は」と始まる本書は「愉快な百面相」という3分の作品を紹介する。黒板にチョークで描かれる数々の顔が変化してゆく、と。
 著者によれば、それは米国で当時流行していたヴォードヴィル芸から来ているのだという。つまり芸人たちは寄席で黒板を使って素早く似顔絵などを描き、ひとつの線をまたたく間に別の意味に変化させて観客を楽しませていた。
 そのネタは「チョーク・トーク」、のちに「稲妻スケッチ」と呼ばれたのだそうだ。今でも我々は日本で似たネタを見る。スケッチブックを使って笑いを作っていく手法だが、元は19世紀末から存在していたのである。いや、ケーシー高峰の芸を思い出せば「チョーク・トーク」は古くから我が国にも広がっていたと推測される。
 また、著者はウィンザー・マッケイという精緻(せいち)な線の漫画家の作品を教えてくれる。再録された絵は今でも新しさに満ちており、漫画の可能性の奥行きを感じる。
 さらに驚くべきことに、新聞漫画で一世を風靡(ふうび)し、のちにアニメーション「リトル・ニモ」を製作するマッケイは、なんと芸人でもあるという。例の「稲妻スケッチ」から始まり、やがて自身のアニメを舞台上での芸に組み込むのだ。動く画面の脇に立って、彼は口上を述べたというのである。
 くわしいことは是非本書で読んで欲しい。ともかくここでは“口上と画面の絵がシンクロして観客を驚かせた”とだけ書いておこう。つまり、アニメはその時、見世物小屋の仕掛けそのものだった。事実、著者はウィンザー・マッケイが19世紀末、サーカスが移動式になった時代に全米で「博物館」と呼ばれる見世物小屋のポスターを描き続けていたことを明かす。
 こうして遡(さかのぼ)られるアニメーション映画の淵源(えんげん)はメディア史上の刺激的な事実として、人間の娯楽がいかにいかがわしさと奥底で強く結びついているかを証明するし、これから再びメディアミックスが起きる可能性をも示唆している。
 さて、ここまででまだ本書は始まったばかり。著者はこのあと、アニメの技法において実験につぐ実験が実現すること、音とのシンクロを果たすためにどれほどの発明が重なるかなど、今では考えもつかない創造の歴史をたどる。
 その中には劇場で“歌詞をスライドで写し、横でピアノが伴奏”する「イラストレイテッド・ソング」などもある。20世紀初頭の観客は映画を単独で観(み)ず、他の芸と共に楽しんだし、流行歌は聴くものでなく歌うものだったのだ!
 目からこれほど多くのウロコが落ちるのかと思う名著である。題名の謎についても、読者ご自身が読み、ウロコを落として欲しい。
     ◇
 新潮選書・1680円/ほそま・ひろみち 60年生まれ。滋賀県立大学人間文化学部教授。ことばと身体動作の時間構造、視聴覚メディア史を研究する。著書に『浅草十二階』『絵はがきの時代』など。今月下旬に『今日の「あまちゃん」から』が発売予定。

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