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遠い鏡―災厄の14世紀ヨーロッパ [著]バーバラ・W・タックマン

[評者]水野和夫(日本大学教授・経済学)

[掲載]2014年01月12日

[ジャンル]歴史 社会

表紙画像

■怒りと不安の中、準備された未来

 「遠い鏡」こそが現在を映し出す。本書を読むと、いま起きている問題は、14世紀に端を発した矛盾が、姿・かたち・役者を変えて噴出したもので、人間の「強欲さ」は変わらないということがよくわかる。14世紀半ばから世紀末にかけて欧州は何度も黒死病に襲われ、最初に流行した1348〜50年だけで「概算で人口の3分の1死亡」するなど「これぞ世紀の終わりだ」と人々は慄(おのの)いた。
 しかし、黒死病だけが災厄ではなかった。14世紀はフランスの絶頂期であったと同時に「四つの不吉な出来事が次々と続いた」時期でもあった。まずは仏王による教皇への攻撃、1309年に教皇聖座がアヴィニョンに移転、次いで14年仏王は富を蓄積したテンプル騎士団を鎮圧、20年には飢饉(ききん)をきっかけに高位聖職者らを標的とした羊飼い・労働者らの一揆(パストゥロ)が起こる。
 38年以降は英仏百年戦争に覆われる。貴族は国土防衛に失敗するし、戦争で没落した貴族がコンパニー(盗賊)となって農民を襲う。「徳が死に、悪徳が勝利し、貪欲(どんよく)が広がり、混乱が圧倒し、秩序が消滅」する事態となるのだ。
 かくて14世紀は「怒りと不安の時代、災難と悲惨の時代」「狂気の時代」などと表現されるが、著者は「社会のどんな局面にも必ず逆流があ」り、「14世紀は不毛ではなかった」という。たとえば、機械的時計が使われ、紙が生産され、中産階級が台頭した。さらに、「偶然の副産物」ではあるが、戦費調達で貴族が自由の特許状を売りに出すことで自治都市が誕生し、民主化が促進された。
 「遠い鏡」を覗(のぞ)くと、英国でジョン・ウィクリフが教会の権威を否定した79年に「現代世界の出発点」が見え、82年、新税に反対して、パリやフランス諸都市の市民たちが引き起こした暴動は、400年後の革命を準備するものだったことが分かってくる。ただ、改革は早すぎたのだ。「理想と現実の隔たりが大きすぎると、制度は崩壊する」と著者は指摘する。その点で「人間は常に繰り返す」(トゥキディデス)のである。
 「歴史の天秤(てんびん)の慣性は、変化より重くかかる」のであり、「社会の変化は時と共に目に見えない状態でやってくる」。14世紀の教訓を現在に当てはめれば早急すぎる改革は失敗するということだ。本書の主人公「彼の時代の最も価値のある君主」アンガラン7世(1340〜97年)は十字軍で捕虜となり、失意のうちに死ぬ。しかし、彼の理性は遺伝子を介して、「ナントの勅令」で国内融和を図った名君アンリ4世に引き継がれていく。時代のせいにしてはいけないし、人生「終わりよければ全てよし」は嘘(うそ)である。
    ◇
 徳永守儀訳、朝日出版社・5040円/Barbara W. Tuchman 1912〜89年。米国の歴史家・作家。戦前東京に1年間滞在した時の日記が『歴史の実践』に収められている。他にも『決定的瞬間』『八月の砲声』『愚行の世界史』など著書多数。

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