書評・最新書評

いま読むペロー「昔話」 [訳・解説]工藤庸子

[評者]柄谷行人(哲学者)

[掲載]2014年01月12日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■グリムと異なり大人に向けて

 グリムの童話「赤頭巾」では、少女がお婆(ばあ)さんに化けた狼(おおかみ)に食われたあと、猟師が狼を撃って腹から少女を助け出すことになっている。しかし、ペローの昔話では、少女はたんに食われてしまうだけである。坂口安吾は「文学のふるさと」(昭和16年)というエッセーで、この結末に衝撃を受けたことを記している。童話にあるようなモラルがここにはない。読む者は「突き放される」。しかし、このように突き放されるところに、「文学のふるさと」があるのだ、という。
 以来、私はペローの昔話が気になりいつか調べてみようと思っていたが、その機会がなかった。新訳と詳細な解説が付された本書は、そのような疑問に答えてくれるものであった。グリム兄弟は19世紀初期ドイツのロマン主義者で、民話を児童文学として書きなおした。一方、ペローは17世紀フランス絶対王制の官僚であった。彼はこれをサロンの大人に向けて、典雅な言葉で書いた。もちろん、子供でも理解できるようになっているが。したがって、彼の昔話には、当時の宮廷ではやった恋愛心理小説を反映する面がある。「赤頭巾」はむしろ例外である。
 日本の昔話を採集した柳田国男は、昔話は大人の間で話されたもので、子供はそこに混じってわかる範囲でそれを聞いていた、という。そして、それを「童話」化したグリム兄弟を批判した。大人に向けて書かれたペローの話のほうに、昔話の雰囲気が残っているのは、そのためである。
 しかも、これはたまたまではない。ペローは当時の「新旧」論争で、ギリシャ・ローマの古典文学が権威とされた時代に、新時代、というより、ヨーロッパ土着の文学を擁護したことでも知られている。つまり、ペローは民俗学が出現する以前に、民話の意味を考えていたのである。彼はそこに「文学のふるさと」を見た、といってもよい。
    ◇
 羽鳥書店・2100円/くどう・ようこ 44年生まれ。東大名誉教授。著書に『フランス恋愛小説論』など。

関連記事

ページトップへ戻る