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政治の起源―人類以前からフランス革命まで(上・下) [著]フランシス・フクヤマ

[評者]渡辺靖(慶応大学教授・文化人類学)

[掲載]2014年01月19日

[ジャンル]政治

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■巨視的な視点で〈いま〉捉え直す

 国内外問わず、時局的な政治解説に日々接していると、ふと巨視的な視点から〈いま〉を捉え直したくなる。
 「政治制度の発展と衰退のメカニズム」に鋭く切り込んだ本書はそのための格好の書だ。
 まず何よりも評価すべきは、先史時代の社会や部族社会に関する人類学の知見を真摯(しんし)に取り入れながら、西欧近代の政治理論が前提としてきた合理主義的な人間観を客体視している点である。
 それゆえ、近代的な政治制度の発展には「国家」「法の支配」「政府の説明責任」の三つの均衡が必要だと説く際も、ホッブズやロックやルソー、あるいはギリシャやローマから語ることはしない。
 例えば、人類初の「近代国家」(=能力本位の官僚制をもとにした中央集権国家)は紀元前3世紀に中国の秦に出現したという。欧州より約1800年も前だ。
 ただ、中国では国家権力を制限する「法の支配」と「説明責任」が創出されることはなかった。それは一体なぜか。逆に、それらが西欧で確立したのはなぜか。インドから中東、ロシアまで広く視野に入れながら、著者は目から鱗(うろこ)が落ちるような斬新かつ明晰(めいせき)な解釈を次々と披露してゆく。
 その一方、政治が衰退する要因として、制度の「硬直化」と「再世襲化」を挙げる。自己革新できないまま、強力な利益集団が国家を占有してゆく状態だ。そこでは米国のみならず、日本に対しても厳しい目線が注がれている。
 人類の政治制度はリベラルな民主主義に収斂(しゅうれん)してゆく、と冷戦終結直後に著者が『歴史の終わり』で示した楽観的ビジョンは本書では影を潜めている。とりわけ巨大な国家権力を伝統とする中国の台頭は「小さな政府」を基調とする米国の論客である著者に本源的な不安を与えているようだ。
 個別事例に関する著者の解釈には異論もあろう。例えば、米国の独立革命は宗主国・英国からすれば「法の支配」を踏みにじる蛮行だったのではないか。特定の利益集団に牽引(けんいん)されない「革新」などあり得るのか……等々。
 しかし、本書の魅力はそうした細かな疑問を補って余りある。歴史を大鉈(おおなた)で斬り、世界の新たな見方を提示し、課題を設定してゆく能力は日本の知識人にもっとも欠ける資質かもしれない。
 壮大な叙述から紡ぎ出された「今日の政治にかかわる人々の多くは(中略)いま直面している問題が過去に起きた問題といかによく似ているかを理解していない」という著者の言葉が心に響く。
 著者との親交が深い訳者の翻訳と解説も実に的確。大学のゼミで学生たちとじっくり精読してみたい一冊だ。
    ◇
 会田弘継訳、講談社・上2940円、下2835円/Francis Fukuyama 52年、アメリカ・シカゴ生まれ。スタンフォード大シニア・フェロー。ハーバード大政治学博士。フランス革命から現代までを読み解く原著続編の刊行が、今年予定されている。

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