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ヴェルヌの『八十日間世界一周』に挑む [著]マシュー・グッドマン

[評者]荒俣宏(作家)

[掲載]2014年01月26日

[ジャンル]歴史 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■対照的な女性記者2人が競う

 1889年の11月、ヴェルヌ『八十日間世界一周』に書かれた架空の「早回り記録」を破るべく、アメリカから2人の女性記者が同時に旅立った。
 そもそもアメリカの出版メディア2社が画策した「賭け」と「懸賞」の販促イベントに駆り出されたのが、ともに新時代を切り開く若き女傑同士だったから、本家ヴェルヌそこのけの冒険となった。
 まず、この冒険の発案者で良くも悪くも突撃潜入ルポを得意とするネリー・ブライ。当時監獄以上に恐れられた精神病院に潜り込み虐待の実態を暴露した女性だ。もう一方は、南部出身のインテリ文芸記者エリザベス・ビズランド。ニューオーリンズで同僚だったラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の憧れの女性だった! 彼女から日本のすばらしさを直接聞いたハーンは、即座に日本に向かった。
 交通手段と時刻表の活用具合も気にはなるが、やはり本題は「いけいけ」と「インテリ」、2人の対照的な眼(め)で見る世界の実情だろう。女性ははっきり物を言う。ブライ嬢は、世界を制覇した大英帝国の港の不潔さ暗さを平然とこき下ろす。しぶしぶ会見に応じたヴェルヌ夫妻までも、この奔放なアメリカ娘に毒気を抜かれる。他方、古典や東洋文化に知識のあるビズランド嬢は、最初に訪れた日本で富士の神秘さに感激し、馬車がないために静けさを保つ都会地には「失われた楽園」を見いだすのだ。
 この2女性、じつは旅の巡り方が違っていた。地球を西回りと東回りに分かれて旅した意義が、本文と巻末解説できちんと説明される。つまり、暗澹(あんたん)たる産業大国イギリスか、それとも機械文明以前の楽園・日本か、どちらを先に訪れるかの問題だ。
 いま民間段階に達した宇宙旅行の先陣リポートも、こんな勇敢な女性が体当たりで報じてくれたら、きっと盛り上がるに違いない。
    ◇
 金原瑞人・井上里訳、柏書房・2940円/Matthew Goodman ニューヨーク在住のノンフィクション作家。

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